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スペイン、ポルトガルの鍼灸指圧治療家を訪ねて(3)スペインで鍼灸を教育・研究する医師たち [2012.03.05]

マドリード公立医師学校内にあるラモン・イ・カハルの記念講堂

マドリード公立医師学校内にあるラモン・イ・カハルの記念講堂

スペイン、ポルトガルの鍼灸指圧治療家を訪ね、治療法や東洋医療の普及の実態、動向を見聞きした鍼灸マッサージ指圧師の中山純一氏(東京衛生学園専門学校臨床教育専攻科)のレポート第3弾です。前回は、ポルトガルのリスボンでの異文化体験をレポートしました。今回はスペインのマドリードで鍼灸教育をする医師と、アンダルシア州の疼痛専門外来で鍼灸治療に当たる医師を紹介します。

●鍼灸は医師がすべきか、鍼灸師がすべきか?


スペインでは指圧など手技療法における制度状況と同様に、鍼灸もまた医療資格として法制化されていません。資格や登録、営業に関する国の規定が存在しないので、法的な制限なく誰もが鍼灸を行っても良い状況にあるわけです。これは東アジアやヨーロッパの一部の国、米国の一部の州を除けば珍しいことではありませんが、知識や技術レベルの統一が保証されていないということ以外に別の側面も生み出しています。つまり、これまでに広まった多様な立場が発端となり、鍼灸の法制化に向けて相容れない論争となっています。そのうち特に大きな対立軸となっているのが、鍼灸は医師と歯科医師のみに限定すべきだと主張する医師たちと、鍼灸は鍼灸師が行うべきだとする人たちです。


その医師側の代表格がマルティン・ゴンサーレス教授です。ゴンサーレス教授はマドリード自治州のすべての医師に登録を義務付け研修を行っているマドリード公立医師学校(ICOMEM)で、医師と歯科医師を対象に鍼灸を教えています。ゴンサーレス教授によれば、各地の大学医学部での鍼灸に関する教育内容も統一されていないため、このような現状を変えるべく2003年から国に働きかけをしているといいます。

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ゴンサーレス教授が勤めるマドリード公立医師学校内。神経の構造研究で1906年にスペイン初のノーベル生理学・医学賞を受賞したラモン・イ・カハルの写真が飾られている

 

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マドリード公立医師学校内にはラモン・イ・カハルの描いた神経図も展示されていた

 

マドリード公立医師学校では、レオン・シボニー教授の症例検討の授業を見学しました。シボニー教授は、ゴンサーレス教授とともに医師による「科学的鍼灸」の普及と教育を牽引しています。


ここでは東洋医学的な患者情報が詳細な問診、舌、脈所見として出され、受講生たちが患者の証と治療穴を答えるという授業でした。学生は受講2年目の医師及び歯科医師10人ほどでしたが、普段の臨床の合間の土曜日に、午前10時から午後9時まで真剣に学んでいました。内容は日本の卒前教育の3年生レベルと遜色なく、良くトレーニングされている印象を受けました。

 

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マドリード公立医師学校で見学したレオン・シボニー教授の授業。医師や歯科医師らが土曜日の朝から晩まで、みっちり鍼灸を勉強する


●アンダルシア州政府の助成で鍼RCTにも取り組む医師


南部アンダルシア州ではセビージャのホルヘ・ヴァス医師を訪問しました。ヴァス医師は2006年に京都で開催された、全日本鍼灸学会主催の第1回鍼灸国際シンポジウムのシンポジストとして来日した経験があります。セビーリャ大学で鍼灸学を教えながら、セビーリャ市近郊のドス・エルマーナス市の州立プライマリケアセンターの疼痛専門外来で鍼灸治療に当たるヴァス医師は、中医学弁証・補瀉手技による鍼治療と鍼通電療法、耳鍼療法を中心に鍼灸臨床を行っています。

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ホルヘ・ヴァス医師の鍼灸治療は中医学に基づいた弁証法と鍼通電療法がメインに行われる。パルス機器は日本製だった

 

 

鍼は中国鍼を用い、治療点は中医学的に問診から導き出され、切経や触診は行われていませんでした。セイリン社製のディスポーサブル鍼も皮下組織の薄い部位には使用していましたが、鍼管と押手は用いず「私は鍼管は使わない」との説明でした。また、顔面神経麻痺などの末梢神経障害や疼痛患者に対しては積極的に鍼通電療法を行っていました。

 

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ホルヘ・ヴァス医師は浅刺用にセイリン社製の鍼も使用していた。しかし鍼管は使わないという

 

一方、ヴァス氏はスペインの鍼灸研究をリードする気鋭の研究者であり、中医学にEBMを導入し、経験だけでなく自ら行ったランダム化比較試験(RCT)の結果にも基づき臨床を行っています。肩関節周囲炎で運動時痛の強い患者に対し、自らの研究結果の通り下腿部の胃経上の経絡の得気を利用した遠隔治療を行っていました。


また、この日はヴァス氏が現在行っている線維筋痛症の多施設共同RCTの様子も見ることができました。実際の鍼と鍼先を丸めた刺さらないシャム鍼との比較をする試験でした。氏はこのようなRCTなどの多くの臨床試験を行い、イギリスの医学専門誌などに積極的に論文を執筆していますが、州政府などからの助成を受けてそれらの試験を実施しています。日本との鍼灸医学研究環境の違いが際立っていました。

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ホルヘ・ヴァス医師の治療ブース

 


●紹介状が必要、しかも予約は2カ月待ち


スペインでは社会保険を用いた公的医療は全額公費負担なので、こちらの公立病院での鍼灸治療も無料です。しかし、「アンダルシア州にはこのような施設は他になく、スペイン全国でもマドリード以外にはほとんどないのではないか」とヴァス医師は語りました。やはり、まだ鍼灸は医療機関で一般的に受けられる治療法とはなっていないようです。


なお、この疼痛専門外来は患者が直接受診することはできず、2次医療として「地域医や他科の医師からの紹介状がなければ受けられない」システムとなっています。現在では症状が強いか緊急性がなければ、予約は2カ月待ちとなっていました。よって、紹介する医師の側からも患者からも、鍼灸に対する期待は高いと思われます。

 

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ホルヘ・ヴァス医師(右)と助手の女性看護師

 

このように、スペインでの実際の治療法と教育は中医学に則って行われているのが現状のようです。そして、学生たちの学習レベルも日本の学生と比較して低いという印象は受けませんでした。他方、日本で通常行われている脈診、腹診、切経や管鍼法は残念ながら見ることができませんでした。


次回は、医師とは違う立場や視点で鍼灸臨床と教育に携わる人たちに焦点を当てたいと思います。

 

【これまでの記事】


第1回 スペインで活躍する日本人治療家たち

http://www.idononippon.com/information/topics/2011/10/17.html

 

第2回 ポルトガルで活躍する日本人治療家たち

http://www.idononippon.com/information/topics/2012/01/23.html

 

中山純一(なかやま・すみかず)

 

1973年北海道生まれ。東海医療学園専門学校鍼灸マッサージ科卒業。神奈川県川崎市の王禅寺整形外科勤務後、東京衛生学園専門学校臨床教育専攻科入学。

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