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ユーラシア大陸横断のウルトラマラソンに帯同中!
熊谷一郎トレーナーのサポートレポート(4) [2012.04.30]

ユーラシア大陸横断のウルトラマラソンに挑戦する株式会社ガリバーインターナショナルの羽鳥兼市会長(71歳)、羽鳥彰人氏(27歳)、須釜武伸氏 (50歳)に帯同してきた熊谷一郎トレーナー。中国に入国後、熊谷トレーナーはビザの都合で帰国しましたが、2011年6月のスタート時からサポートメンバーの1人としてランナーのケアを担当し、14カ国を伴走しました。熊谷トレーナーにとっての最後の道程も、カザフスタンで大雪に見舞われるなど波瀾万丈だったようです(※第3回はこちら)。

こんにちは。熊谷です。


チャレンジユーラシアマラソンは6月25日にフランスをスタートし、ドイツ、オーストリア、ハンガリー、セルビア、ブルガリア、トルコ、イラン、トルクメニスタン、ウズベキスタン、カザフスタン、キリギスタンを走り、キリギスタンから国境の関係でまたカザフスタンに戻るという経路をたどりました。コーディネーターがキリギスタン出身で、キリギスタンには1週間滞在しました。


3月12日に14カ国目の中国へ入国し、ランナーは9000キロを走破しました。8月には日本にゴールする予定です。


前回は、9カ国目のトルクメニスタンまでをレポートしました。今回はその後の出来事とケアを紹介します。

 


●トレーナーが2人合流


1月14日、トルコから参加していた鈴木大樹トレーナーが契約を終了し、トルクメニスタンから日本に帰国。その後新たに2人のトレーナーが追加されました。一人は柔道整復師、鍼灸師の早野健太郎トレーナーと、もう一人は理学療法士の白須達也トレーナーです。トレーナーが3人になり、1人のランナーに対し1人のトレーナーがケアできるようになりました。単純にケアを行う時間を増やせたことで、ランナーはさらにランに集中できる環境が整いました。


トレーナー陣も3人でいろいろな意見交換ができ、個々が得意とする治療を生かせるようになってきました。白須トレーナーは理学療法士という資格を生かし、バランスを整えることを得意としています。仙腸関節にアプローチして骨盤を誘導したり、脛腓関節を動かして張りをとったりしています。早野トレーナーは柔道整復師と鍼灸師の免許を取得しています。治療は患部へ取穴し、パルス通電を使っています。また2人はATの知識もあり、テーピングももちろん巻けますのであとは経験を重ねることです。

 

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須釜さんがヒラメ筋に肉離れを発症。鍼で治療しました


●マイナス20度の中を走るランナー、車は……


1月29日には10カ国目のウズベキスタンを抜け、カザフスタンに入国しました。入国後の翌日、大雪に襲われました。ウズベキスタンを出発する前から、カザフスタンでは雪で走行できなくなることを恐れていたため、雪が積もった日の朝には「いよいよか!」と声に出したほどです。その予測が現実となりました。


前日の気温はマイナス2度。天候は晴れ、自転車でサポートできるぐらいですが、出発の日の朝はマイナス20度。出発する直前、なんとガリバー号とチャレンジ号のエンジンがかからない。原因は燃料の凍結でした。カザフスタンのディーゼル車、バスもエンジンがかかりませんでした。ガソリンスタンドの軽油も凍っているようで、原因は燃料の純度の問題だと思われます。ガリバー号はサポート責任者の添田さんが運転する車で、基本的にはランナー運搬、料理、休憩などをサポートします。チャレンジ号は現地の車で、荷物車として動いており、トレーナーもチャレンジ号に乗り、事前の道の下見や買い出しなど行っています。

 

 

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気温マイナス20度で燃料が凍結し、動かなくなったガリバー号


運よく、この日はホテルからのスタートだったため、タクシーと警備してくれるパトカーのサポートのもと、ランナーは走り出すことができました。コーディネーターやトレーナーはランナーと一緒に走ったり、パトカーに同乗してサポートしました。この日はチャレンジマラソン始まって以来のサポートカーなしのゴールとなりました。

 

 

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雪に滑り、のぼれなくなった車をみんなでサポートしました


途中でパトカーが「この方たちは、パリから日本までマラソンで走っている人達です。応援よろしく」と案内しながら誘導してくれて、本当にありがたかったです。ガリバー号は点火剤やガスバーナーでエンジン部分を温め、3時間後やっとエンジンがかりました。日本では考えられないことでした。

 


●覚悟の帯同

 

2月10日、夕食が終わって部屋に戻ると、しばらくしてドライバー兼サポート責任者の添田進二さんから電話の着信がありました。何かいやな予感がして、2つ隣の部屋の添田さんの部屋を訪ねました。


添田さんの目は涙でいっぱいでした。

 

「2時間前に、母が逝ってしまった」


私は驚きのあまり、言葉が出ませんでした。4日前、添田さんのお母さんは危篤状態で、いつ亡くなってもおかしくないと言われていたそうです。数週間前、お母さんの体調が思わしくないことは私も聞いていたので、ビデオメッセージを撮影し、添田さんのお兄さんへ送っていました。お母さんはそのビデオメッセージをご覧になり、添田さんの声を届けることができました。
添田さんは、このチャレンジユーラシアマラソンに来る前、自分の命がどうなるか分からないので、親戚兄弟と隣近所の方を温泉に招待して、しっかりお別れを言ってきたそうです。その時お母さんは「最後までやるんだよ」と言ってくれていたそうです。


添田さんのお母さんが亡くなった日の夜、添田さん、須釜さんと一緒にサウナに入りながら時間を過ごしました。母親が亡くなり、今一番日本に戻りたいはずなのに、ランナーをサポートするという添田さんの確固たる決意。ランナーも添田さんも万が一のことを覚悟し、この挑戦に臨んでいます。私は、添田さんがランナーをゴールまで導くと確信しました。


添田さんのお母さんに、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 

 

●サポート活動の経験を伝えたい


3月12日、中国に入国しました。これで14カ国目です。

 

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カザフスタンから中国に入る国境間近際での一枚

 

 

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カザフスタンから中国の国境間近にあったトイレです。仕切りもなく、3人で同時に用を足すときは隣の様子が丸見え……でしょうか?


私は中国でサポートを終了しました。私はこれまで中国に入国したことがなく、しかも他国(カザフスタン)からの入国だったので観光ビザ(15日間)しか下りませんでした。中国でのサポートを続行するには、ゴールまでに2回日本へ帰国しなければなりません。そうするよりも、若いトレーナーにこのサポート活動を経験してもらおうと考え、日本から合流した片田慎之介トレーナーとバトンタッチし、3月17日に帰国しました。

 


9カ月間ランナーをサポートできたことは、私にとってすばらしい経験となりました。ラン、生活、サポートすべての面で、こんな経験は二度とできないのではないかと思います。また、精神面でも鍛えられました。ランナーをサポートするときに必要な、先を読んで行動することや、生活するうえでのマナーを学びました。また、羽鳥会長と過ごすことで社会の常識だけでなく、常識を踏まえつつも常識を超えた発想で新しいものを生み出すことの大切さも学びました。


今回経験したことを、次の若い世代に伝えたいです。まずは「先読み」の大切さから。言葉で表現するのは難しいですが、準備をし、広い視野を持ち、常にいろいろなところにアンテナを張って情報を得ることが大事だと思っています。

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私がサポートしてきた距離は8843キロ。約9カ月、ありがとうございました

 


チャレンジユーラシアマラソンの最終ゴールは日本。まだまだ挑戦は続きます。これからも応援よろしくお願いします。

 

 

チャレンジユーラシアマラソンのホームページとfacebookページはこちらです。

 

http://challengemarathon.com
http://www.facebook.com/challengemarathon

 

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