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スペイン、ポルトガルの鍼灸指圧治療家を訪ねて(4)最終回 医師らに鍼灸を教えるスペイン人鍼灸師[2012.6.4] [2012.06.04]

スペイン、ポルトガルの鍼灸指圧治療家を訪ね、治療法や東洋医療の普及の実態、動向を見聞きした鍼灸マッサージ指圧師の中山純一氏のレポート第4弾です。前回のレポートではスペインのマドリードで鍼灸教育をする医師と、アンダルシア州の疼痛専門外来で鍼灸治療に当たる医師を紹介しました。今回は、医師とは違う立場や視点で鍼灸臨床と教育に携わる人たちに焦点を当てながら、スペインの鍼灸事情についてまとめます。

●病院を会場にして鍼灸を教える

スペインでは鍼灸が医療として法制化されていないがゆえに、多様な立場による実践が行われ、主張も交錯していることは前回述べました。医師以外の立場から鍼灸臨床と教育活動をしている中で特筆すべき存在として、カルロス・ラスヴィ氏が挙げられます。ラスヴィ氏は27年前からスペインで鍼灸治療を開始したと言います。当国におけるスペイン人による鍼灸の草創期からの1人といえるでしょう。これまでに医師、看護師を含め約3000人に鍼灸を教えるかたわら、スペイン職業鍼灸師協会(SEAP)という団体を率いています。私が訪ねた日も、マドリード市中心部の病院を会場にして、医師、理学療法士などを含め20人ほどの受講生に診断法の理論と実技を講義していました。

 

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マドリード市中心部の病院で医師らに鍼灸の診察法の理論を講義するカルロス・ラスヴィ氏

 

講義が始まると、ラスヴィ氏はさっそく私の期待を裏切ってくれました。驚いたことに六部定位脈診で証を決定していたのです。中医学が基本となっているヨーロッパにおいては、非常に稀有なことです。

 

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医師の受講生に六部定位脈診と弁証法を教授するラスヴィ氏

 

●母指での脈診に中医学の理論などをミックス

ラスヴィ氏の鍼灸の道は、今から約40年前にブラジルで2人の日本人鍼灸師に出会ったところから始まりました。リオデジャネイロで彼らから六部定位脈診を教わり、その後中国で鍼灸を深めた後も六部定位脈診で診断する方法を変えなかったのです。ただし、その脈診法は利き手の母指1本で6カ所の12経を診るというもので、私にとっては初めて見る方法でした。

 

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受講生同士がペアになり、六部定位脈診と弁証を立てる練習をする。脈診は1カ所ずつ母指で丁寧に行う

 

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理学療法士の受講生が私に行った六部定位脈診を、母指でチェックするラスヴィ氏(手前)。この受講生は遠方の街から飛行機で参加していた

 

一方、氏の治療には独自の方法も多く取り入れられています。六部定位脈診から得た情報を難経六九難ではなく相生・相克理論でとらえ、その推論を裏づける方法として、問診ではなく耳介の反応点で証を決定していました。日本の診断技術に中医学の理論、フランスのノジェの耳鍼をミックスした、まさにコスモポリタンな鍼灸です。「重要なのは脈のバランスを取ることだけだ」というこの方法で多発性硬化症の患者を治療し、大きな成果を上げていると語りました。脊髄腫瘍による下肢の対麻痺患者の治療をし、歩容が回復したビデオも見せていただきました。「鍼灸はすばらしい」と何度も絶賛していました。


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ラスヴィ氏の受講生たちと。ここでは医師、看護師、理学療法士に加え、一般の受講生も対等に学んでいる

 

また、鍼灸の用具に関する考えは斬新です。お灸は匂いや火傷、管理の難しさ等の観点から艾を排除し、電気式お灸を学生にも推奨していました。さらに、治療点の反応を探るのは術者の手指ではなく、ペン状の電子機器を用いて行われていました。「新しい技術の進歩を利用しない理由はない」というのが氏の持論です。

 

●医師の間にある2つの意見

ところで、スペインでは医師、看護師、理学療法士などの医療従事者と、医療資格を特に持たない人の両者が鍼灸を行っていますが、授業時間数などに差はあるものの、一様に教育は受けているようです。しかし、その教育の場が多様性に富んでいます。マドリード公立医師学校のように医師、歯科医師のみを対象として行われているコースもあれば、医学生を対象に教育する各大学医学部もあります。そして、ラスヴィ氏のようなエキスパートが教える民間の鍼灸学校もあり、様々です。

 

前回のレポートで紹介したセビリヤのホルヘ・ヴァス医師は、鍼灸は医師か医師の指導のもとに医療従事者のみが行うべきとしています。スペインでは鍼灸治療を行う場合、施術者は患者の服薬指導にもかかわるため、今後は患者の状態を見極められる資質を備えた医療従事者が、医師の指導のもとに鍼灸治療をすべき、というのがその理由です。

 

同じ医師の立場から違う意見も聞かれました。最後にマドリードでお会いしたカルロス・ノゲイラ医師は、大学で鍼灸を教える傍ら、27年にわたりスペインと中南米各国で多くの中医鍼灸学校を運営し、鍼灸の普及に努めています。多くの医師、医療従事者を対象に教鞭を取る一方、広く一般にも門戸を開き鍼灸を教えています。

 

ノゲイラ医師は、医師のみが鍼灸を行うことに疑問を呈しています。鍼灸師という資格を法制化することには賛成しつつ、「東洋医学の概念や技術は高度な専門性が必要であり、その習得にも時間がかかることから、医師が鍼灸を行うとそれらがおろそかになり、治療が雑になる傾向があるからだ」と語りました。「基本課程は一緒でも良いが、東洋医学に進みたい人と医師になりたい人の専門性は途中で分けるべきだ」というのがノゲイラ教授の考えです。同様の意見はポルトガルの土屋光春医師からも聞かれました。

 

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カルロス・ノゲイラ医師の学校「中医学教育センター(CEMETEC)」。30人ほどの1年目の学生が、中医学の基礎理論を学んでいた。コースは2年制

 

とはいえ、マドリード公立医師学校でもノゲイラ医師の中医学教育センターでも、受講者は普段の臨床や仕事を持ちながら土曜の朝から夜遅くまで学んでいました。授業内容は日本のそれに劣らないうえ、すべての授業で受講生がとても真剣に取り組んでいました。居眠りはおろか、私語をする人もいません。将来、日本人鍼灸師を凌ぐ質を身に着けるのでは、と感じずにはいられませんでした。これはぜひ日本の学生にも知っていて欲しいことです。

 

 

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土曜日の午前9時半から午後7時まで真剣に学ぶ。受講生は60%が医師およびコメディカルで、職業人が多いため、授業は土日に開催される

 

●日本の鍼灸を知りたがっている

今回の視察を通じて私が感じたことは、これまで言われてきた通り、日本人鍼灸師の実践する鍼灸は身体にやさしい治療法であるということです。スペインでは臨床試験も行いやすい環境にあるとはいえ、非侵襲的でより効果的な刺鍼技術は今のところ日本のほうが優れている印象です。また、私の見た限りでは現地の患者が鍼刺激の痛みに対して寛容だったり、強いといったことも感じられませんでした。日本のやり方で行った場合の患者満足度と治療効果はどうだろうかということを考えざるを得ませんでした。

 

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スペインに咲く桜。日本の鍼灸も桜のようにスペインの地で多くの花を咲かせることができるだろうか

 

最後に、日本の鍼灸に関する情報もトレーニングの機会もほとんどなく、実際の臨床においても中医学の他に選択肢がないスペインの鍼灸師、医師たちから、機会があれば日本に行って日本の鍼灸の方法や技術を知りたいという意見が多く聞かれたことをお伝えしたいと思います。「標準化」という名の独占が進む国際社会において鍼灸の多様性を守るのは、日本人鍼灸師一人ひとりが他者を知り、自らを知り、外へ向け情報を発信する行動しかないのではないかと考えます。

 

【これまでの記事】


第1回 スペインで活躍する日本人治療家たち

http://www.idononippon.com/information/topics/2011/10/17.html

 

第2回 ポルトガルで活躍する日本人治療家たち

http://www.idononippon.com/information/topics/2012/01/23.html

 

第3回 スペインで鍼灸を教育・研究する医師たち

http://www.idononippon.com/information/topics/2012/03/05.html

 

中山純一(なかやま・すみかず)

 

1973年北海道生まれ。東海医療学園専門学校鍼灸マッサージ科卒業。神奈川県川崎市の王禅寺整形外科勤務後、東京衛生学園専門学校臨床教育専攻科卒業。河原医療福祉専門学校教員。

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