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医道の日本10月号「トレーナーのロンドンオリンピック」番外編
日本スポーツ振興センター「マルチサポート・ハウス」とは [2012.11.05]

医道の日本10月号に掲載された「トレーナーのロンドンオリンピック」。誌面では今井聖晃トレーナー(体操男子)、後関慎司トレーナー(サッカー男子)、羽生綾子トレーナー(卓球女子)から様々な話をうかがっていますが、トレーナーの間で好評だったのが、日本スポーツ振興センター(JSC)がオリンピック期間中に設置した「マルチサポート・ハウス」です。施設の中ではどんなことが行われていたのか、JSCのチーム「ニッポン」マルチサポート事業の四谷高広氏に話を聞いてみました。

 

●アメリカから始まった選手サポートの新しい取り組み

 

――マルチサポート・ハウスをめぐる取り組みはいつから始まったのでしょうか。マルチサポート・ハウスを設置された経緯から教えていただけますか。

 

四谷 マルチサポート・ハウスを含めたマルチサポート事業全体は、2008年の北京オリンピックのときから立ち上がっています。北京オリンピックの最中はサポートをするというよりは、他の国のサポート・ハウスの調査を含めた現状の把握が主な目的でした。

 

オリンピックの選手村(アスリートビレッジ)には様々な制約があり、選手には十分なケアができているとは言えない状況でした。そういった問題点を解消するため、2000年のシドニーオリンピックで、アメリカが選手村の近くにある倉庫のような場所を独自に借りきって、柔道やレスリング、テコンドーのトレーニング拠点を置き、トレーニングやビデオの分析などをしていました。シドニーで好評だったので、2004年のアテネオリンピックから本格的にスタートさせたようです。アテネでは、アメリカン・カレッジ・オブ・グリースというギリシャのアメリカ人学校を借り切って、そこに選手村に入れないスタッフが宿泊してサポートするというような試みも始めていました。

 

こういった選手村の外に自分たちの独自の拠点を用意しているという情報が、北京オリンピックの前から国立スポーツ科学センターの情報研究部の調査により入ってきていました。ただ、なかなか中を視察したり、選手村からどれくらいの距離に設置したのか、どんな機能があるかなどはわかっていませんでした。そこを我々が足を使って北京オリンピックのときに調査したという感じですね。

 

北京オリンピックのときは、アメリカは北京師範大学という北京市内の体育大学を借りて、トレーニング施設を内部につくり、ビデオ分析を行ったり、食事を出したりしています。あとはスタッフの宿泊施設などもありました。

――最も早くこういった取り組みを始めた国はどこですか。

 

四谷 やはりアメリカですね。あとオーストラリアもけっこう盛んで、アテネの2004年から始めています。アメリカはスタッフの宿泊とか、トレーニングがメインなのですが、オーストラリアは、トレーニングが終わった後にプールに入るというケアをするので、オーストラリアの国内でやっているようなプールを使ったリカバリーを重視して、地元のフィットネスクラブを借りていました。

 


●選手にとって必要なものをまとめて提供する

 

――日本がマルチサポート・ハウスを実際に設置しようとしたのはいつぐらいなのでしょうか。

 

四谷 2009年からプロジェクトは動いていました。マルチサポート事業自体は2012年のロンドンオリンピックに向けた事業でしたが、いきなりオリンピックで開始するというわけにもいかないので、2010年のアジア大会(中国の広州で開催)でトライアルということで設置をしました。そこで、いろいろな競技団体の方々に使い勝手や機能を確認してロンドンオリンピックで正式に設置したという形になっています。

 

ロンドンのマルチサポート・ハウスは、設置期間が7月16日~8月12日(参考:オリンピック選手村の開村は7月16日、オリンピック大会期間は7月27日~8月12日)で、ストラトフォード・サーカス(Stratford Circus) という劇場を、ロンドンの選手村から歩いて5分ぐらいのところに借りて設置しました。

 

サービス内容は、食事やメディカル面、心理面でのサポート、簡単なトレーニング施設の提供です(表参照)。

 

たとえばメディカルケアサポートの中にはリカバリー用のプールも含んでいます。ですが、もともとプールがある施設ではなかったので、ゴムプールを仮設し、外にテントを立てて、底床をあげて、4人ぐらいが入れるプールをつくりました。

 

1人用のプールには、炭酸泉を入れたお湯のプールと冷水のプールもつくりました。
お湯と冷水を交互に入るとリカバリーに良いということで、国立スポーツ科学センターのメディカルスタッフも常駐して、入り方の指導をしながら使っていただきました。

 

 

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(独立行政法人日本スポーツ振興センター 平成24年6月26日付NEWSRELEASE「第30回オリンピック競技大会(2012/ロンドン)マルチサポート・ハウス資料」より)

 

 

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炭酸泉・交代浴

 

――素朴な疑問なのですが、選手村にはお風呂はないのですか。

 

四谷 選手村にはバスタブがある部屋とない部屋があります。バスタブがあってもヨーロッパなので、ユニットバスになっていて、お湯をためてつかるのはなかなか難しいと聞いています。また、3人部屋、4人部屋が通常なので、一人でゆっくりお湯につかるのは難しいようです。

 

そもそも、マルチサポート・ハウスとして村外サポート拠点をつくった経緯としましては、選手団のスタッフ全員が選手村に入れるIDカードを取れるとは限らないということがあります。

 

つまり、場合によっては選手が選手村の外に宿泊しているトレーナーさんのケアを受けるために、競技会場から帰ってきたら、トレーナーさんのホテルに出向くケースもあるわけです。また、それなりに競技会場と選手村は距離が離れているので、選手村に帰ってきて風呂に入ってご飯も食べなきゃいけない。その上で、トレーナーさんのケアも受けなきゃいけないとなると大変で、それで選手が疲れてしまって、「今日はトレーナーさんのケアはいいです」といったことになったりするという話がありました。競技に挑むために必要なものを1カ所に固めようというのが、このプロジェクトの発想なのです。

――マッサージを受ける施術室の写真を見ると、きれいな空間になっていますね。

 

四谷 もともとは劇場のホールでした。選手がリラックスして利用できることを意識し、日本でケアを受けているような雰囲気を作り出しました。そのためきれいなカーテンで仕切りをつくり、照明を当てて8つのマッサージブースをつくりました。

 

また、国立科学スポーツセンターのトレーナーがいろいろな意見を取りまとめて、いつも使っている低周波や超音波の物理療法器やタオルなどをそろえ、各競技団体のトレーナーの方がケアの備品を自分たちで持ち込まなくてもいいようになっています。

 

特に医療機器は電源の問題や空港で引っかかったりするという問題がありますので、用意できるものは、可能な限りサポートする体制を整えました。

 

 

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C1メディカルケア

 

――スタッフは何人ぐらいいらっしゃったのですか。

 

四谷 ドクターが1人、トレーナーが3人、事務スタッフが5人常勤していました。ビデオ分析スタッフ、心理ケアのスタッフ、受付や専属シェフも含めると20人ぐらいになりますね。

 

朝の8:00~夜の11:00までがコアタイムでしたので、その間はスタッフが常駐して対応していました。時間外でも事前に申請があれば、24時間いつでも対応させていただきました。食事はさすがにコアタイム内で、3時間ごとくらいの提供になっていました。ですが、国立科学スポーツセンターの7階にあるレストランの日本人シェフと栄養士がロンドンに来て、同じメニューを提供していました。深夜でも申請すれば、リカバリーボックス(持ち出し用補食)としておにぎりなども用意していました。

―― 選手は選手村の食事よりマルチサポート・ハウスの食事のほうが口に合うのでしょうか。

 

四谷 私も選手村を見に行きました。おいしいとは思いますが、謎のお寿司が出てきたりしていましたね。ですからお出汁の使い方など日本風の食事という点では選手の方から好まれていたと思います。

 

あとは、前述したようにマルチサポート・ハウスではサポートがひと固まりになっているので、時間のロスが少ないというのもあると思います。選手村に帰ってから食事をとるとなると、その間にエネルギーを消耗していまいます。

 

たいてい選手は、昼前後に練習や試合があったら、夕方の4時か5時ぐらいにはこちらのサポート・ハウスに来て、食事を補給し、ケアを受けてプールに入ってリラックスして、最後は時間を合わせてみんなで選手村に帰っていく。選手村に帰ったら寝るだけというような感じでした。

 

 

●ソチオリンピック、リオオリンピックでも設置を検討中

 

――かなり評判だったと聞いていますが、選手やトレーナーの方からの感想はいかがでしたか。

 

四谷 非常に良かったです。ニュースなどでは食事が良かったという話だけがフューチャーされてしまっているのですが、やはり食事だけでなく、いろいろな他のリカバリーの機能がひとまとめになっていて使いやすかったというコメントが多かったですね。

 

あとは場所ですかね。選手村から歩いて5分という距離で、近くに地下鉄の駅もあったので、足を運びやすかったという話も聞いています。

――次のオリンピックでも計画されているのですか。

 

四谷 非常に好評だったということを受けて、日本スポーツ振興センターでも2年後の冬のソチオリンピック、4年後の夏のリオデジャネイロオリンピックでも取り組むべきではないか、ということで議論を進めています。

――選手の方の努力もあったと思いますが、過去最多のメダル獲得にはこのようなバックアップも力になっていたのかもしれませんね。

四谷 我々自身がそういう評価はできませんが、オリンピックのときにいつも話題になる調整不足は今回あまりなかったようですので、良かったと思います。

 

柔道とレスリングはマルチサポート・ハウスの中にトレーニング場がありました。柔道とレスリングはマルチサポート事業の重要なターゲット種目です。ここで直前のトレーニングをして、食事をとって、ケアをしてというフルパッケージで利用していただくことができました。

 

公式の競技会場であるトレーニング時間は、時間が決まっていて、今日は10:00~11:00が日本の時間、11:00~12:00がアメリカの時間といった感じです。試合の時間に合わせてトレーニングしたいということもあると思うのですけど、今まではそういう要望が満たされなかったりしました。今回、柔道とレスリングに関しては、トレーニングにおいても幅広くサポートできたと思います。

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