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「被災地で働く医療関係の方々にぜひ活用してほしい」
『東北方言オノマトペ(擬音語・擬態語)用例集』の著者・竹田晃子氏に聞く [2013.03.11]

2011年3月11日、未曽有の規模の地震が東日本を襲った。今回の震災では被災地での支援について、これまであまり注目されてこなかった問題が浮上した。他地域出身の医療従事者は東北の方言が分からないため、被災した患者とのやりとりに苦労したというのである。そのことを知り、国立国語研究所助教の竹田晃子氏は、医療従事者が診察時に使える東北方言のガイドブックとなる『東北方言オノマトペ(擬音語・擬態語)用例集』を制作した。今回、竹田氏にこの用例集を作成した狙いや、用例集の内容について語っていただいた。

――『東北方言オノマトペ(擬音語・擬態語)用例集』(以下、「用例集」)を作成しようと考えたきっかけは何だったのでしょうか。

竹田 私は岩手の内陸部の出身ですが、子どもの頃、夏休みに三陸海岸に行くと必ず山のある方向を教えられ、「地震が起きたら、山に走って逃げろ。絶対に振り向くな」と周囲の大人に言われました。方言の研究を始めてから、調査のため東北各地の図書館や公民館に行くようになって方言資料のほかに、東日本大震災以前に作成された三陸大津波などの津波の体験談などの文献も読むようになりました。東日本大震災の大地震が起きたとき、私は東京都内にいましたが、これらの文献を思い出して大きな被害にならなければよいと願っていました。

用例集の作成のきっかけの一つは、震災の数日後に放送されたニュース番組です。被災者のインタビューにつけられた字幕テロップの意味が間違っていたのです。インタビューに答えた宮城県の女性は、「水も食べる物もなくて困ってだ」と話していました。これは、東北方言では「今、困っている(現在)」という意味なのですが、「困っていた(過去)」というテロップがついていたのです。このとき、「被災地の方言が理解できなければ、支援にならないのではないか」という不安を覚えました。

――この「用例集」はどのような過程を経て完成したのでしょうか。

竹田 2011年の7月、研究会で方言の研究者仲間の今村かほるさん(弘前学院大学准教授)にお会いした際、「何かできることはないだろうか」と相談したところ、「被災地で活動する医療従事者の方が、地元の方言を理解できるような資料が必要である」というご指摘をいただきました。今村さんは2006年頃からこの問題に取り組んでおり、東日本大震災のときも現地の医療関係者から情報収集をしていらっしゃいました。その後、私自身も、被災地支援に入った医療チームのメンバーも方言が分からず、地元のスタッフや近県の出身者が通訳として活躍していたことを知りました。これまで地元の方々から方言を教えていただいてきたのだから、役に立てることがあるなら方言研究者が何かしなければならない、と強く思うようになりました。

医療従事者向けの方言ガイドは、全国各地でいくつか作られてきました。しかし、方言のオノマトペには体調や気分を表すものが多数あるにもかかわらず、オノマトペを豊富に収めたガイドブックはありませんでした。そこで、医療現場向けのオノマトペ用例集を作ろうと思い立ったのです。

2011年の秋と冬に、試作版を作成しました。医師や看護師の方々に点検していただき、「文字が多い」「身体の部位などの基本的な語彙は必ず入れてほしい」「体調を表す言葉を増やしてほしい」などの指摘を反映させて、2012年の3月に完成しました。体調・気分を表すオノマトペと、身体部位の名称、身体の症状などを収録しています。例えば,身体部位や症状の名称は、北東北(青森・岩手)と南東北(宮城・福島)の2つに区分して示しました。完成版は、岩手県・宮城県・福島県の主な医療・福祉施設、医科大学・看護学校などに約1000冊をお送りしました。

 

 

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身体部位の名称や身体の症状などを、北東北(青森・岩手)と南東北(宮城・福島)の2つの地域に分けて紹介

 

――反響はいかがでしたか。

竹田 幸いなことに、「もっと冊数がほしい」「院内の研修に使いたい」などのお声をいただきました。東北地方に移り住んだ医師からは、こんな体験談を教えていただきました。患者さんが「背中がざらっとする」と言うので、「背中の皮膚がかさつくのか?」と思ったそうなのですが、これは「寒気がした」という意味なのです。このことで、東北方言の勉強の必要性を痛感なさったそうです。

――方言で話す患者さんと、医療従事者はどのようにコミュニケーションをとればよいのでしょうか?

竹田 患者さんとお話しする際に、「自分の表現は本当に伝わっているだろうか?」と考えながらお話ししていただければよいのではないでしょうか。自分にとっては普通の表現でも、相手によっては耳慣れない表現ということもあります。方言も、発音や単語に目が行きがちですが、地域によって、挨拶のしかたや相づちの打ち方、話の切り出し方のレベルでも違いがあります。

私の体験なのですが、上京した頃、関東の人が会話の最中に頻繁に笑い声を立てることに違和感を覚えました。東北方言の会話では、笑い声を相槌の代わりに使うことはあまりありません。「自分がおかしなことを言ったのではないか」と思い、話を途中でやめてしまったこともあります。関東の方々は普段通りに話していたのだと思いますが、何気ない相づちも誤解を生むことがあるのです。

「方言をなくせばコミュニケーションの問題はなくなるのではないか」とおっしゃる方もいますが、ことはそう単純ではありません。例えば、認知症になった方が共通語を忘れてしまい、方言しか話せなくなったという事例があります。また、家の外では共通語、家庭内では方言と使い分けている方も多く、診察時に症状を説明しようとして、とっさに方言を使うこともあります。オノマトペのように、それが方言だということに気づきにくい場合もあります。方言をやめて共通語だけを使うように強制するということは、日本語をやめて外国語を使うように強制するのと同じことです。異文化は、異文化として理解する必要があると思います。

 

 

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東北方言の多彩なオノマトペを、複数の用例で解説。単語帳では用例の例文を詳しく説明している

 

――今後、この「用例集」はどのように展開されるのでしょうか。

竹田 方言によるコミュニケーションの問題は、これまでも多くの分野で起きてきたことだと思います。今後も、日本の各地で地震などの災害が起きるのではないかと予測されています。いざというときに備えて、全国各地の方言ガイドブックを作る計画があります。例えば、ポケットに入れられる薄くて小さな簡易版と、辞書形式の2パターンを作成する方向です。また、必要な人が自分でオリジナルの単語集を作れるように、簡単なフォーマットも用意したいと思っています。

この「用例集」は、国立国語研究所のウェブサイトからPDF版を無料でダウンロードできます(PDF版はこちら)。ほかにも、「用例集」はiPad専用のアプリケーションが無料で利用できます。医療に限らず、これからボランティアやお仕事で東北にいらっしゃる方には、この「用例集」をご一読いただけると幸いです。

 

●竹田晃子(たけだ・こうこ) 1992年群馬県立女子大学卒業、2001年東北大学大学院博士課程単位取得退学。博士(文学)。日本学術振興会特別研究員(PD)などを経て、2012年に国立国語研究所時空間変異研究系助教に着任、現在に至る。著書に『日本語オノマトペ辞典』(小学館・小野正弘編。2007、方言項目は三井はるみ氏との共著)、『まんがで学ぶ方言』(国土社、2009、吉田雅子氏との共著)、がある。

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