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脳卒中の後遺症に対する鍼灸と運動療法

土井琢磨 唐沢彰太 石上邦男(脳梗塞リハビリセンター)  

  突然に、何の前触れもなく倒れ、救急病棟のベッドの上で気がつくと、半身が利かなくなっており、命はとりとめたが、手足に残る不自由とは今後ずっと戦ってくれと言われたら、どんな気がするだろうか。
  場合によっては言葉が出ず、視野に欠損があるかもしれない。そんな状態でありながら、数カ月すると病院にはいられなくなり、「あとは自分でがんばって身体を動かすように」などと言われてしまう。一体どうしたらいいのだろうか。
  脳梗塞・脳出血・くも膜下出血などの脳血管障害、いわゆる脳卒中の患者数は、厚生労働省によれば日本においては約137万人である。突然発症してそのまま死亡することもあり、毎年約13万人が亡くなっている。介護を要する原因の第1位、寝たきりの約3割、国民の全医療費の約1割に及ぶ、医療と介護・福祉の両面で大きな課題を伴う疾患である。
  右脳が損傷したから左半身に、左脳が損傷したから右半身に麻痺が出ると説明されるが、患者にとっては「これからの生活にどう対処していけばよいのか」を見つけるのが先決だろう。リハビリテーションが始まる瞬間である。

【リハビリを取り巻く現状】

  リハビリテーション(以下リハビリ)は、多職種によるトータルアプローチが世界標準である。そのなかで、日本では発症からの経過に伴い急性期、回復期、慢性期に大きく分類されており、慢性期におけるリハビリは介護保険による保険診療が主流となっている。
  2006年の厚生労働省の診療報酬の改訂により、長期間におけるリハビリの効果は明確でないとの指摘から、入院日数が脳血管障害では150日、高次機能障害を伴った重篤な脳血管障害では180日と制限され、リハビリの途中でも退院を余儀なくされてしまうケースが増加した。退院後は介護保険を使用してデイケアや訪問でのリハビリを実施していくことになるが、マンパワーなどの問題から医療保険での機能改善を目指したリハビリは十分に行われていない現状がある。
  そこで、病院でもデイサービスでもない、脳血管障害に特化した全く新しいリハビリ施設として、脳梗塞リハビリセンター(運営団体:NPO法人脳梗塞リハビリ研究会、株式会社ワイズ)が設立された。鍼灸師、理学療法士(PT)または作業療法士(OT)による施術と、その監督下での機器を用いた運動療法という内容で、それぞれの専門家が利用者一人ずつにマンツーマン方式で約2時間、言語に問題が生じている利用者や顔面の麻痺が強い利用者にはさらに言語療法士(ST)による施術が加わって約3時間、自費診療で十分な時間をかけ、さらなる改善を目指す「内容の濃いリハビリ」を提供している。

【脳梗塞リハビリセンターでの取り組み】

  当脳梗塞リハビリセンター(以下リハセン)にて、セラピスト※(PT、OT、ST)は利用者に対してコンディショニングと呼ばれる施術を行っている。その方法はさまざまで、認知神経リハビリテーション、ボバース法や筋力増強理論などの手法を利用した多種多様な内容である。例えば、イタリアの神経内科医カルロ・ペルフェッティが考案した手法である認知神経リハビリテーションは、運動を回復するためには学習が不可欠であるという考えに基づいている。運動を回復するために運動をするのではなく、行為を洗練化していくためのツールとして運動(感覚情報)を使用して学習をもたらし、脳を変化させていくのである。脳卒中の患者は麻痺だけではなく高次脳機能障害や慢性期ならではの障害が存在するため、その一人ひとりに合わせた内容が必需となってくる。
  慢性期患者では、慢性的な運動不足による廃用性の筋力低下や持久力の低下が生じていることが多く、日常的に運動を行う習慣をつけるためにレッドコードなどの機器を使用するトレーニングも行われる。セラピストによるコンディショニングの効果をより向上させる目的もあり、利用者の体調や体力に合わせて考えられた内容・実施時間で行う。
  レッドコードとは、運動器系疾患、神経系疾患に対する治療・エクササイズや、スポーツアスリートなどに用いられるファンクショナルトレーニングを可能にする機器の名称および治療法のことである。筋力増強のみではなく「適度な不安定環境の中での安定」という状況を利用して固有受容感覚器に刺激を与え、運動連鎖を効率的に改善する方法として評価されている。

  ※セラピスト:リハビリを行う国家資格である理学療法士(PT)、作業療法士(OT)、言語聴覚士(ST)の総称。病院でのリハビリでは足はPT、手はOTのような分業が見られるが、リハセンでは一人の利用者に対して一人のPTかOTが担当する。STは高次脳機能障害のある利用者に対して失語や構音障害、顔面麻痺のリハビリを担う。

【リハセン式鍼灸術】

  『鍼灸重宝記』に「みな元精虚弱にして、栄衛調護をうしなひ、あるひは憂思をすごして、真気耗散じ、腠理密ずして風邪に中る」とある。脳血管障害は中風といい、中風は虚した身体に風邪が入ることにより起こる。
  また、『素問』で「風論編 第四十二」に「(前略)風之傷人也 或為寒熱 或為熱中 或為寒中 或為癘風 或為偏枯 或為風也(後略)」「風中於五蔵六府之兪 亦為蔵府之風 各入其門戸所中則為偏風 風気循風府而上則為脳風 風入係頭則為目風眼寒(中略)故風者百病之長也 至其変化乃為他病也 無常方然致有風気也」、『霊枢』で「九宮八風 第七十七」に「三虚相搏則為暴病卒死 兩實一虚、病則為淋露寒熱 犯其雨濕之地則為痿 故聖人避風、如避矢石焉 其有三虚而偏中於邪風 則為撃仆偏枯矣」とあるように、鍼灸は脳卒中の原因となる風邪を避ける生活態度をよしとし、片麻痺(偏枯)の改善に用いられてきた歴史的な実績がある。
  運動療法を含めたリハビリは、筋肉や神経とそれに続く脳に刺激を与え、麻痺のある上・下肢の使い方をもう一度覚え直すことで改善を図る。一方、鍼灸は身体のなかの風邪を抜く、もしくは風邪を追い出すための力をつけ自然治癒力を引き出すことを目的として、リハセンではあくまで東洋医学に基づいた観点から行っている。
  脳卒中は誰にでも起こり得るものだが、思うように動けないストレスから食べ過ぎてしまう、また動けないがゆえに摂取した栄養を消費しきれず太りやすいなどの生活習慣が原因であることが明らかならば、飲食不節や労倦に対する注意を促す。以下の経絡治療的手法を基本手技として、身体の内と外の両方からアプローチすることによって、麻痺の改善と回復力の向上、再発防止を図る。

   1)風邪と熱邪を取って体調を整えるため、井穴・榮穴を用いる。
   2)陰経は補法、陽経は瀉法を用いる。

 

つづきは、雑誌「医道の日本2015年8月号」でお読みください。