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産後の不調および 子育て世代のトラブルに 対する打鍼治療

齋藤友良 齋藤鍼灸

  長きにわたる子育てのなかで現れてくる身体症状(肩こり・背部痛・脱肛・子宮脱など)および精神症状(産後うつ・育児ノイローゼなど)を治療する場合、出産直後の状況から現在に続く時系列を考えて治療していくべきである。これらの子育て世代のトラブルの多くが、産後の不調をしっかりと治さなかったことに起因すると筆者は考えている。
  本稿では、症例(産後7年目、主訴がイライラ感)を通して、産後の不調をしっかりと治すことが、子育て中のトラブルを抑えることにつながることを提示したい。
  また、本邦独自の治療法である按腹・打鍼(注1)の臨床応用を紹介し、それを産後ケアに携わる医療関係者に広く知ってもらうとともに、治療の一助としてもらいたい。

注1:本邦独自の鍼法で、禅僧「無分(夢分)」を開祖として、室町後期に始まったと考えられている。特徴は、刺入に際して、鍼柄を槌で叩くという点である。また、経絡・経穴によらず、腹部のみに鍼をして、全身症状を治していたといわれている。機能形態学の観点からみた打鍼の治効理論は、本誌2011年12月号に掲載した拙稿「関節リウマチなどに対する打鍼を中心とした鍼灸治療」を参照していただきたい。

【産後の不調とは】

1. 日本伝統医学の観点から
  14〜19世紀頃の日本の医家たちは、産後に起こる身体的・精神的症状と刀傷を受けた患者の治療(金創)において現れる症状を同趣とみるまなざしを持っていた。ほかの伝統医学とは異なるそのまなざしは、千変万化する症状および予後不良で急変するその症状の類似性に向けられていた。そして、それは日常生活のなかにその急変の芽が潜んでいるのを見逃さなかった。
  室町時代の医書『霊蘭集』金創篇には以下のような記述がある。
  「主計頭兼女医博士・丹波長宣の口授に曰く、金創と新産後は、起居・食飲を同じ趣きにし、房事を慎み、風寒を僻け、夏日の暑天と雖も納涼せず入浴せず、静室に居り心気を鎮め、平愈を待つべし。大凡そ金創家・新産婦にて、起居を慎まず、風寒を僻けず、早くに房室に入る者は、百変奇証交ごも発して医療すること能わざる者多々なり」

  このように、起居食飲などに注意を払いつつ、金創と産後は同列で扱われていた。そればかりでなく、症状も処方も同じであったことが『霊蘭集』の以下の文章から確認できる。
  「【経験・神効丸】刀創後および新産後に、起居食飲を慎まず百変交ごも起こり狂言乱語し鬼神有るが如き者を主治す。早く此の丸を服さば神験あり。
  【経験・神妙散】刀創後・新産後の変証にて、熱証に似て(熱証ならず)、瘧に似て瘧ならず、痰に似て痰ならず、積聚に似て積聚ならず、昼夜眠れず食飲に味無く、時々頭痛し目眩し、黙々沈々として名づくべからざる者を主治す」
  また、多賀法印流(以下印流)の打鍼の書である『産前産後并金瘡之傅)』にも、書名から分かるように、金創と産前産後を同趣とみなしていた。そのことから、鍼灸の分野でも同じまなざしをもって治療に臨んでいたことが分かる。
  以上のことを踏まえ、当時の産後の不調の症状を上記の資料を基にまとめてみると、精神興奮状態・めまい(目眩・眩暈・血暈)・のぼせ(上気・逆上)・発熱・出血・頭痛・後頚部痛・背部痛・腰痛・腹痛・不眠・食欲減退・脱肛・子宮脱などが挙げられる。
  多岐にわたるこれらの症状は、一見関連性のないものにみえるが、当時の医家たちは「気の上衝」というものが原因の一つであると考え、そのまなざしを向けていた。
  打鍼の書である『鍼道秘訣集』には以下のように書かれている。
  「火曳きの鍼。是の針の術は臍下三寸、両腎の真中なり。産後の血暈とて子産みて後、眩暈の来たる日、臍下三寸の針して上る気を曳き下ろす針なり。譬え産後に眩暈無くとも、三十一日の内に二、三度程針する物なり。扨、凡そ病証、上実して下虚する人は必ず上気する。加様の者に火曳くの針を用る」
  産後に起こる「気の上衝」は、上気し、めまいや熱症状を伴い、場合によっては精神的興奮状態を引き起こす。そのような症状を臍下三寸の打鍼で治療するので「火曳きの鍼」と命名したのであろう。名称からも、上衝した気によって頭部に熱がこもった患者を治すイメージが伝わってくる。
  『産前産後并金瘡之傅』にも「産後血暈、……専ら針を施し治す可也」とあり、めまい(血暈)を打鍼で治療していたことがうかがえる。

 

  江戸中期の産科医・賀川玄悦の著した『産論』にも、産後のめまいを治す按腹術(禁暈)が記されている。
  以上のことから考えると、当時の医家たちは「気の上衝」によって引き起こされた産後の身体的・精神的症状を、腹部からの施術で治せるという共通のコンセンサスを持っていたのであろう。

2. 機能形態学の観点から
  これは、正常な状態の骨盤および小骨盤内臓器である。そして、分娩の最終段階で仙骨のうなずき運動が起こる。その際、左右の坐骨結節も広がり、下方開口部の径の拡大が生じる。その後、本来なら正常な状態に戻るわけであるが、分娩時のトラブルにより小骨盤内で臓器を支持することが難しく、臓器が本来の位置よりも開口部の方向へ下垂してしまうことがしばしば起こる。それは臓器脱とよばれ、膣・子宮・膀胱・直腸・腹膜などが下垂し、場合によっては体外へ突出する。このような身体の緊急事態に発動されるのが、「気の上衝」と呼ばれるひずみ修復活動であり、狭義の生体恒常性(それこそが自然治癒力の核をなす)である。それは、下から上へ突き上げるように起こる垂直升提の力である。この力が妊娠時に起こった場合、悪阻(つわり)という症状を引き起こす原因となる。そして、これは産後の「気の上衝」と同種の力である。つまり、機能形態学の観点からみると、妊娠中の悪阻も産後の「気の上衝」も身体のひずみ修復活動である。そのため一見したところ、その活動自体が病の本質だと誤認されがちであるが、それは自然治癒力が異常に亢進した姿である。ゆえに、我々鍼灸師、あん摩マッサージ指圧師の医療技術は、その力を排除するのではなく、寄り添いながらその方向と強弱を操作するというものでなくてはならない。

【産後の不調に対する治療 】

1. 日本伝統医学の治療
  賀川玄悦の弟子、玄廸の著した『産論翼』によれば、産後のめまいの治療(禁暈)は、按腹によってなされている。その手順は、背臥位の患者の背中に右手をあてがい、左手は腹部の「上衝するもの」を「按住(とらまえて)」それを右手方向へ推圧する。

 

つづきは、雑誌「医道の日本2016年6月号」でお読みください。