月刊「医道の日本」の歩み
臨床記事
1946年、今日でもバイブルのように読まれている『経絡治療講和』の基となる連載が井上恵理氏、本間祥白氏により始まっている。1951年には赤羽幸兵衛氏による「知熱感度測定法」の第1報が掲載され大反響となり、それから赤羽氏は、鍼灸界の大発見ともいわれる「皮内鍼」を発明し、鍼灸治療法の発展に多大な功績があった。
1972年ごろより中国の鍼麻酔がマスコミに連日のように取り上げられ1973年には「鍼麻酔研究号」の特集を発行した。1983年の大村恵昭博士の「バイデジタルO-リングテスト」はセンセーショナルな発表であった。
1957年の座談会「坐骨神経痛」を始まりとして、鍼灸臨床の第一者による座談会、特集が毎月のように組まれ、臨床記事の充実が計られている。近々では現代医学の医師を交えて、現代医学の最新の考え方と鍼灸臨床の実際を組合わせる形で「疾患別特集」が連載されている。
代田文誌氏による「鍼灸臨床ノート」、東京都症例検討会による「症例報告」、筑波大学理療科による「診療録」、日産玉川病院東洋医学科による「鍼灸臨床生情報」、西田皓一氏による「東洋医学見聞録」、「FACT誌関係論文」などなど多くの報告が連載となり、明日から役立つ症例報告として、読者から厚い支持を受け3年、5年と長期にわたる連載となっている。好評により単行本となって連載は数知れない。
論説
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1946年から1956年まで巻頭を飾った柳谷素霊氏による「巻頭言」は、戦後の鍼灸界を導く提言であった。 |
1958年「鍼灸治療の適応と限界」、この頃より鍼灸は万能の考えから鍼灸の適応と限界が語られ始めた。
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1952年、米山博久氏の「経絡否定論」が掲載されると、経絡の肯定、否定、折衷と別れて大論争となった。1967年には「鍼灸の科学化」について、出端・竹山論争が起こる。 |
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国際鍼灸
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1953年、ドイツ・シュミット博士が来日し座談会「国際鍼灸座談会」が企画され、鍼灸の国際化の夜明けを伝える。 |
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また「WHOによる経穴部位の国際標準化」については、1983年から2009年まで第1次、第2次の日本経穴委員会の活動のすべてを報告し、ついに2008年、「経穴部位の国際標準化」が達成された。微力ながら本誌の報道もその実現の一助になったかと思う。 |
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業界問題
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終戦後、いわゆる「マッカーサー旋風」により、誌面は埋められる。 |
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1947年から今日まで日本鍼灸師会、全日本鍼灸マ師会の代議員会・総会は、保険問題を含め業界の動きを広く読者に伝えるべく、その議事を報道。1981年、山下久三夫氏らにより「AMT制度」が提案され、3年にわたって賛成、反対と誌面は沸いた。認定鍼灸師、既得権にかかわる問題の難しさが表面化した。
その他
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業界アンケート、調査については、1971年には小誌読者を対象にした第1回、2回、3回、4回と「現代鍼灸業態アンケート」を実施し、誌上で結果を発表。そのほかに鍼灸大学、専門学校、東京都、神奈川県などが実施した、多くのアンケート調査を掲載している。 |
日本の情報を世界へ、世界の情報を日本へ
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そして、現在では鍼灸治療、あん摩マッサージ指圧をはじめとする各種手技療法、トレーナーを中心としたスポーツ医学、代替医療など様々な治療法を取り上げるとともに、研究結果や経営トピック、介護保険情報、教育関連情報、関係法規までも掲載。さらにそれらの情報は国内に限らず、韓国や中国、アメリカなどの研究者、治療者と連携しながら、海外のトピックスや治療法を積極的に紹介している。 |
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