道具としての鍼を語る

齋藤鳳観、久場良男、大浦慈観、藤本彰宣、山下健、島田亮次

鍼灸師にとって欠かすことができない鍼。今の鍼にたどり着いた経緯やこだわりなどを6人の臨床家に語ってもらった。

「陰陽通刺」は毫鍼でもバネ式鍉鍼でも。 打鍼用の鍼と槌はオリジナル
孔鍼閣鍼灸院 齋藤鳳観

  使い始めたのは東洋鍼灸専門学校で体験入学の講師を担当するようになってからです。
  バネ式鍉鍼は昭和の時代になって開発されたものです。あるとき、「バネ式鍉鍼はあまり効果がない」と言う先生がいて、「これは著効を示さなければならない」と思いました。公の場で見てもらおうと考え、体験入学で実技をしたのがきっかけです。
  そのとき、『黄帝内経霊枢』官鍼篇の五刺の中の「合谷刺」とともに、「陰陽通刺」という刺鍼法を実践しました。陰陽通刺は膝窩中央部(委中)と近傍の圧痛改善で、足の少陰腎経の太渓と足の太陽膀胱経の崑崙を同時に用います。膝窩中央部と近傍には委中、合陽、内合陽(奇穴)の腧穴があり、委中と合陽は太陽膀胱経脈中にあります。その近傍の内合陽は、少陰腎経の気血を多分に含んでいる腧穴であることから、膝窩中央部とその近傍には限りなく陰陽交会の部位です。したがって、経脈の変動(圧痛)の処置は、陰経と陽経の同時操作が大変有効で、圧痛は迅速に消失または寛解します。臨床では毫鍼(ステンレス鍼寸3-2番)を使用しますが、バネ式鍉鍼で治療することもあります。バネ式鍉鍼は扱いやすく、著効があります。
  理想はなんでも毫鍼で対応できることだと思います。同じ材質のものがない地域に行って、治療できないというのでは困りますからね。さらに、病のところまで気が通じていくようにという気持ちを込めて治療します。これを私は「念気通達」と呼んでいます。道具と技術、そして気を合わせることが大事です。

挫刺鍼を自ら改造して 作りあげた「跳鍼方」
一般社団法人沖縄県鍼灸師会会長  久場良男

 ペンチなどで挫刺鍼の鍼尖を約50度まで折り曲げたものを使っています。鍼法も異なっていて、患者さんの「表皮を鍼尖で跳ね上げる」ということをしています。当初、名前はなかったのですが、ある患者さんから、「先生、あのパチンと跳ねる鍼をやって」と言われたことから現在では「跳鍼方」と名付けています。
  挫刺鍼を用いた鍼法は、皮下結合組織を引き出し切断するという、いわゆる「切腱術」のみでした。かつてこの鍼法に興味を持って故・塩沢幸吉先生(元長野県鍼灸師会会長)から教えていただいたのですが、適応する患者さんが少ないのです。
  挫刺鍼はその鍼法上、禁忌部位が頭部、顔面、前頚部、胸腹部、肘内側、膝内側、手掌、足の裏と非常に多くなっています。病証でも、陰陽では陽証だけ、表裏では表証だけでしか使えません。また、非常に刺激量が多く、瀉的にしか使えないので、寒熱では熱証、虚実では実証のみが適応となります。ですから、臨床では全くといっていいほど出番がなく、使っていませんでした。
  しかし、あるとき偶然、母が非常に重い頭痛を発症したことがありました。母に治療を頼まれて毫鍼で治療をしたのですが、全く効果がないほどでした。それでも鍼で何とかしてほしいと言うものですから、「やれるだけのことはやるか」という気持ちで挫刺鍼を使ってみることにしました。頭部は禁忌ですから切腱するのではなく、皮膚表面をごく浅く刺激する程度にしたのです。そうしたら、その1回で頭痛がすっかり治ってしまいました。それ以来、どうすれば再現できるのか、挫刺以外の有効な施術法を試行錯誤していきました。

復元!杉山和一の鍼管
いやしの道協会顧問 大浦慈観

  日本内経医学会会長の宮川浩也先生と共同で復元・開発したのが2006年ですから、それ以来使っています。2004年に杉山真伝流の影印本を出しまして、それからずっと杉山流鍼管の存在が気になっていました。
  明治初頭、杉山流鍼治学問所末期の学生だった吉田弘道先生は学問所の閉鎖後、自らの私塾を開いて講習会を行っていたのですが、その修了生に杉山流鍼管を贈っていたそうです。その現物を杉山検校遺徳顕彰会の堀江静男先生が所蔵していました。堀江先生のお父様が吉田先生の講習会の修了生だったためでした。さまざまな文献・史料から想定していた鍼管と堀江先生の持っていた鍼管が重さ、形状ともにほとんど一致していたので、これをモデルに新たに製作したのです。
  現行のステンレス製鍼管は、鍼を挿管しやすいように口が凹型をしています。一方、杉山流のものは鍼を入れる口が凸型で、かつ丸く滑らかになっています。これは皮膚に当てたときに、肌触りがよいということと、細かな筋や経穴など、ポイントを精密に絞って弾入・切皮できるといった利点があります。

撓入鍼法に適した短鍼。 打鍼用の道具は臨床経験とともに変化
藤本玄珠堂鍼灸院 藤本彰宣

  北辰会では最初は医交社の毫鍼を使い、次にアサヒ技研の短鍼も用いるようになりました。やがて衛生を重視する時代の流れとともに、私たちも15年前からディスポーザブルの鍼を使い始めました。タフリー社で製作しています。同社の和鍼寸6-5番の鍼先は麦央形です。北辰会の「撓入鍼法」に合っており、同じ鍼先の定番の奇経鍼8番、5番、3番、特鍼の短鍼2番が北辰会仕様の「蓮風鍼」として販売されています。鍼体はもともとタフリー社製のもので、それほどこだわりはありません。
  価格はいずれも1296円です。月に1~2回開催する北辰会本部の定例会に出席すると、格安で買えます。
  捻鍼などの手技をする場合は、鍼柄に一定以上の長さがないとやりにくいですが、撓入鍼法は一瞬で切皮刺入し、置鍼します。押手でツボを開くように皮膚を突っ張らせておいて、そこに鍼先を当て、鍼体がたわんだら切皮が完了です。そして皮膚から鍼を迎え入れるように押手で操作しながら、置鍼のポジションにもっていきます。患者が鍼を受け入れるのです。刺手だけで鍼を刺すので、短鍼が扱いやすく、さらに短鍼は置鍼の角度を保つことができます。
  蓮風鍼のなかでの長さや太さの使い分けは、ツボの大きさ、深さ、広さによります。体表観察によってツボを選び、例えば臨泣や内関などの八脈交会穴や奇経には寸5、浅く反応が出ている場合は短鍼2番、背部兪穴は深さも広さもあり、ツボの状態によっては寸6がいい場合もあります。患者が敏感な場合は短鍼2番で、切皮するかしないかの手技になることもあります。

治療の仕上げはこの1本 「井上式長柄鍼」
山下鍼灸院 山下健

  鍼灸用具を製造している友人に、「最近こういう鍼があるよ」と教えてもらったのがきっかけです。それが思いのほか手に馴染みまして、もうかれこれ40年以上は愛用しています。
  もともと、井上式長柄鍼は故・井上恵理先生が考案された鍼で、鍼柄と鍼体が同じ長さの毫鍼です。鍼尖は松葉型でつぶれにくく、鍼柄が長いので持ちやすいのも特徴です。私は撚鍼法による治療を行っていて、撚鍼法では井上式長柄鍼がいちばん使いやすいと思っています。撚鍼法は刺入が難しいといわれていますが、鍼尖の松葉型の角度に合わせて、だいたい45度くらい斜めから刺入していくと、スーッと入っていきますよ。
  材質はステンレス、サイズは寸3の1番を主に使用しています。以前は銀鍼も使っていたのですが、今はステンレスだけです。ステンレスのほうが長持ちしますし、鍼尖がすり減ることも少ないので重宝しています。

前職は調金師! こだわりのオリジナル鍼で治療する
目白鍼灸マッサージ院 島田亮次

  16年前に開業してから、治療はすべてオーダーメイドの鍼で行っています。石坂流を習ってきたので、2寸の5番の銀鍼による横刺が基本の施術なのですが、使う銀鍼は練馬区にある荒井昭夫商店に依頼して作ってもらっています。 この鍼が実によくしなるんですね。私の施術は、横刺でしなるように銀鍼を刺入していくので、硬いだけではなく、多少バネ性があるくらいのほうがしっくりきます。開業してからずっと重宝して使っていますよ。
  石坂流では基本的に置鍼をしませんから、1本の鍼だけで全身すべてを治療することができます。ですので、1回の治療で患者1人につき銀鍼1本を使って破棄するかたちです。
  ステンレス鍼や鍼管については、オートクレーブで消毒しています。銀鍼と同じくオートグレーブが使えない金鍼については、鍉鍼として使った場合は、ラポテック消毒液に浸けています。また刺入する場合には、イルガサンアルコールを使用しています。
  実は鍼灸師になる前に、ネックレスやリングなどの貴金属を加工する調金の仕事をしていました。とにかく細かい作業で目が酷使されて、腰痛にも悩まされたことから、患者として鍼治療を受けたのが、治療家に転身したきっかけです。いわば、職業病がこの世界へと導いてくれたともいえます。
  自分でも金属加工ができるものですから、刺さない鍼については一から作ってしまうこともありますね。平たい金や銀を丸めて溶接して、磨いて加工するのは、前職で嫌というほどやりましたから(笑)。

 

「医道の日本2014年7月号」では、臨床家ごとのインタビューの続きと臨床写真を掲載しています。