高齢者医療に不可欠な 「フレイル」予防と治療家の課題

荒井秀典氏 聞き手:中村聡氏

  日本の高齢者人口はますます増え、医療費も介護費も増加の一途をたどっている。超高齢社会をどのようにかじ取りしていくのか、世界が日本の動向に注目している。そんななか日本老人医学会は要介護状態の手前の「Frailty」を「フレイル」と名づけ、啓発している。高齢者医療に携わる多くの職種に「フレイル」の認識が徐々に浸透しつつある。そこで今回は、同医学会フレイルワーキング座長でもある荒井秀典氏(国立長寿医療研究センター副院長)にフレイルの概念や定義などを聞いた。

【フレイルの定義と概念】

中村  本日は老年医学のご専門である荒井先生に、高齢者のケアに携わる鍼灸マッサージ師としてご指導をいただきにまいりました。まずは、国の施策の社会保障の在り方がどのように変化・展開してきたのか、簡単にご説明いただけますでしょうか。
荒井  かつて日本の高齢者人口はそれほど多くなかったのですが、戦後の復興や国民皆保険制度の恩恵もあって高齢者を含む国民は良質な医療を受け、平均余命の延伸が達成されてきました。現在医療費は無料ではありませんが、高齢者は病院での治療を比較的安価な費用で受けられるサービスベースの医療保険システムで、少なくとも外来診療においては、医師は診察すればするほど、薬を処方すればするほど、検査すればするほどその代金を国に請求できます。しかし現在の医療費は40兆円超、介護給付金は9兆円超です。このシステムでは高齢者人口の増加とともに医療費、介護費もさらに右肩上がりに増えることは間違いありませんので、2014年より70歳以上75歳未満の高齢者も2割自己負担になりました。今後はアメリカの一部で導入されているアカウンタブル・ケア・オーガニゼーション(Accountable Care Organization:ACO)※1のような制度についての検討も必要になるかもしれません。いずれにせよ医療介護の問題に対してさまざまな職種が取り組まなければ、絶対に立ち行かなくなります。
中村  総務庁の調査によると、2014年の65歳以上の高齢者人口は3186万人です。高齢者は総人口の25%を占めるようになりました。労働人口が少なくなり、十分な収入を得られない現在、介護の財源が確保しづらい状況です。高齢者を病気にさせないことを考えなければなりませんね。
荒井  要 介護状態になれば介護費が必要になることは明らかです。年を取るとあきらめがちになりますが、栄養や運動にフォーカスすること、あるいは疾病をコントロー ルしつつ要介護状態になる前段階からケアをし、今まで以上に予防を重視して要介護人口を減らすことができれば、介護給付費も医療費も減少します。

※1   アカウンタブル・ケア・オーガニゼーション:アメリカのオバマ大統領が打ち出した「オバマケア」の一環。質とコストの両面に責任を持つ新たな統合的医療サービス提供組織。

中村  そこで認識しなければならないのが「フレイル」ですね。フレイルの定義と概念をお聞かせください。
荒井  フレイルは、世界でもまだ明確な定義がなされていませんが、元気な状態と要介護状態の中間に位置する状態をいいます。加齢とともに生理的な臓器の予備能が低下し、さまざまなストレスに対して脆弱性を示す状態です。
中村  日本語の「老衰」にあたりますか。
荒井  フレイルの語源である「frailty」が医学界の論文で使われ始めたのは1980年代頃で、日本では「虚弱」と訳されてきました。しかし「虚弱」はネガティブな印象を与えますし、「frailty」のすべての要素を表現しきれていません。「虚弱」のほかに「老衰」という言葉も使われることがありました。ただ、フレイルは60代でも90代でもありますが、60代の老衰はイメージしづらいです。日本語を使って誤解を招かないためにも日本老年医学会が検討し、ロコモやメタボのような覚えやすい用語を議論してきました。2014年5月に「フレイル」としてプレスリリースをし、新聞にも取り上げられて啓発の機会が増えました。

【ロコモ、サルコペニア、認知症との違い】

中村  足腰に注目すると、ロコモティブシンドロームと誤解してしまう可能性もあります。ロコモ、サルコペニア、認知症との共通点、相違点を教えてください。
荒井  ロコモは運動器症候群のことで、運動器自体の疾患と加齢による運動器機能不全があります。いわゆる関節疾患や脊髄疾患、骨粗鬆症で、身体的フレイルの主要な原因です。サルコペニアは加齢に伴い筋肉が減少する病態です。骨格筋量の低下と握力または歩行速度の低下で判定します。ロコモの中にサルコペニアも含まれます。ロコモやサルコペニアに比べると、フレイルはもっと広い概念で、「身体的フレイル」「精神的フレイル」「社会的フレイル」からなります※2。社会的フレイルは独居や経済的な問題により、社会との関係が希薄になり、栄養が悪くなったり活動性が低下したりして身体的フレイルになりやすいことを意味します。外出をしなくなり、他者とコミュニケーションをとらなくなると、認知機能の低下つまり精神的フレイルにもつながります。精神的フレイルは、元に戻る可能性を秘めている軽度認知障害(MCI)に身体的フレイルが合併した状態と考えられていますが、その定義はまだ確定していません。
  フレイルの特徴の一つは「可逆性」です。要介護になると元気な状態に戻るのはなかなか難しいのですが、フレイルは原因となる疾患があれば、適切なマネジメントを行い、栄養改善や運動により足腰を鍛えて元気な状態に戻る可能性を秘めています。
  身体的フレイル、社会的フレイル、精神的フレイルの3つが悪い作用を及ぼし合って、悪い方向にベクトルが進むと要介護になってしまう。この「フレイル・サイクル」をどこかで止めなければなりません。

※2   3つのフレイル:詳しくは本誌8月号・特集1「フレイルと鍼灸治療」(江川雅人氏)の論文で述べている。

中村  身体機能の低下から波及する社会性と認知機能の低下、さらに精神状態、家族関係、嫁姑関係も含めて全体像をとらえられるように、認知機能についても我々鍼灸マッサージ師は勉強しなければなりませんね。
荒井  そのとおりです。認知機能の状態はしっかりと問診していただきたいです。認知機能が低下するとコミュニケーションの取り方が分からないといった不安が増え、外出する機会が減ります。そうすると、身体機能が衰え、転倒への不安が出てきます。外出して転倒したらどうしようという不安が閉じこもりにつながり、全体に悪い影響を及ぼしてしまうのがフレイルの特徴で、ロコモやサルコペニアと違うところです。
中村  フレイルの範囲が見えてきました。鑑別診断はどのようにしますか。
荒井  日本老年医学会ではアメリカで使われている診断基準を使います。①意図しない体重減少、②疲れやすいという自覚症状、③握力の低下、④歩行速度の低下、⑤身体の活動レベルの低下。これら5つのうち3つ以上を満たす場合にフレイルと診断します。サルコぺニアの診断基準は①筋肉量の低下を必須とし、②筋力の低下、または③歩行速度の低下を満たすことです。介護予防で使われている基本チェックリストでもある程度フレイルを診断することができます。25項目のうち8点以上満たす人は要介護状態となる危険が高い状態にあると考えており、それがまさしくフレイルであるということを意味しますので、このような方法である程度フレイルの判定が可能と考えています。

【フレイルを予防する運動、食事方法】

中村  フレイルを予防する方法はどのようなものがありますか。
荒井  筋肉の衰え、いわゆるサルコぺニアがメインの場合が多いので、栄養と運動が重要です。私の外来では毎回必ず栄養と運動の話をします。おおよそ70代から活動量がガクッと減り、タンパク質の摂取量も減り、それが筋力の低下につながると考えています。このサイクルを逆にして、70代になってもできるだけ活動量を落とさないこと。患者さんには「できるだけ毎日、6000~8000歩は歩いてほしい」と伝えています。

 

つづきは、雑誌「医道の日本2016年8月号」でお読みください。