メダルラッシュの陰に 障害予防の継続的な取り組み

桑井太陽氏

  リオデジャネイロオリンピックでの2つの金メダル獲得を始めとする競泳選手陣の活躍が記憶に新しい。競泳日本代表選手団チーフトレーナーとして帯同した桑井太陽氏に、障害予防教育の取り組みや選手対応のポイントなどを聞いた。

【活動の重点はケアからリカバリーへ】

―競技日程を終えた今のお気持ちをお聞かせください。
桑井  2008年北京大会での北島康介選手の活躍以降、「メダルを取って当たり前」という世間の期待が年々高まっているのを感じながらの帯同でした。2012年のロンドン大会では競泳の金メダルがなかったので、今回2人の金メダリストが出てほっとしています。
  メダルの獲得はもちろん、大会の成績を判断する大きな目安の一つですが、そのほかに入賞者数や、自己ベスト更新率といった指標でチームの競技レベルがどのくらい向上しているかをみます。今大会の入賞者数は過去最高でした。チームとしての成熟度が増し、それに結果がついてきたことはよかったと思います。

―成功の要因は何だったのでしょうか。
桑井  前々回の2008年北京大会から8年かけて、選手の強化に取り組んできたことが実を結んだといえます。とりわけ障害予防、私たちはこれを「プリベンション」と呼んでいますが、具体的には腰痛予防のための体幹を鍛えるエクササイズやストレッチの教育に力を入れてきました。その一つひとつはシンプルなものですが、それらが習慣化されて日常のなかに取り入れられることで、選手たちは故障しにくい身体になっていくのです。

  マッサージや鍼で治療するだけでは、故障は絶対になくなりません。なぜならそれは受け身のケアだからです。選手たちが能動的に予防策を実行して、自らどういうふうにケアするかを身体で覚えていく必要があります。
  2008年の北京大会では2大会連続となる金メダルを獲得した北島康介選手と、同じくメダルを期待されながら腰痛に苦しみ、力を発揮できなかった柴田亜衣選手が明暗を分ける結果となりました。この北京大会の終わった翌日から、次のロンドンに向けてのプリベンションプログラムがスタートしました。
  このときから私たちの重点課題は「ケア」から「リカバリー」になりました。壊れてからのケアでは遅い、壊れにくく回復しやすい身体づくりをしてパフォーマンスを上げていこうというニュアンスです。
  過去の大きな大会で故障のために力を発揮できなかったケースの調査や、医師と連携して開放型MRI(オープンMRI)を用いた動作分析などを行いました。その結果、多くの選手に腰部が過伸展した状態でキックをしていることによる腰椎変性がみられることや、腹部を少し凹ませて脚を動かすと水中での身体の傾きが少なくなることなどが分かってきました。
  そして合宿などいろいろな場面ごとに、選手たちに対してメディカルチェックを行うとともに、こうした医学的根拠のある情報を示して、腰痛予防のために深部筋の活動や姿勢が大事であることを指導してきました。普及活動のために一般の方でも購入できるDVDもつくりました。

  そうした4年間の取り組みが功を奏して、2012年のロンドン大会では障害のために脱落する選手を1人も出さず、金メダルこそ逃したものの史上最多のメダルを獲得できたのです。
  そしてロンドンからリオまでの4年間に、この障害予防教育が定着したジュニア世代が育ってきました。私たちの指導内容も、体幹を鍛えるだけでなく、動きのなかで機能的な身体の使い方をするファンクショナルトレーニングのエクササイズへと進化しています。

―長期的・組織的に選手への指導が行われていたのですね。
桑井  試合に帯同するだけでは、選手は感謝してくれますが強化にはつながらないでしょう。長期的にかかわって、選手だけでなく監督やコーチの意識も変えることで、障害予防の考え方が定着していきます。時間がかかります。
   その点で、水泳競技の支援態勢は非常にまとまっているといえます。日本水泳連盟のなかに医事委員会があり、トレーナーと医師が密接に連携しながら一緒にプロジェクトを行えるのが強みです。

【日頃の施術の質を高めることが大切】

―リオ大会でのチーム体制はどのようになっていましたか。
桑井  今回、トレーナー5人とチームドクター1人がメディカルスタッフとして、オープンウォーター(海、川、湖など自然の水の中で行われる長距離水泳競技)を含めると36人いる競泳選手のサポートを行いました。

 

つづきは、雑誌「医道の日本2016年10月号」でお読みください。