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経絡治療・巻頭鼎談 2
伝えたい「古典と臨床が結びつく快感」
(動画あり)

池田政一氏 大上勝行氏 山口誓己氏

⇒ 経絡治療・巻頭鼎談 1 「名人の技」をどう受け継ぎ、どう伝えていくか

経絡治療学会の広島部会が9月2日、安佐南区民文化センターで開催された。講師として招かれたのは、池田政一氏である。「年に1回は池田先生に愛媛から来てもらい、特別講演会を開いています」。そう話す広島部会長の山口誓己氏は、池田氏の弟子である大上勝行氏の弟子にあたる。つまり、池田氏にとって、山口氏は孫弟子ということになる。

池田氏は、兄・池田太喜男氏に師事し、鍼灸と漢方薬の理論と臨床の一致をライフワークとして研究を続けながら、多くの弟子を育成してきた。そして、池田氏のもとで7年にわたって修行した大上氏もまた池田氏と同様に、臨床とともに経絡治療の研究や執筆活動を行い、山口氏を始めに弟子を育成している。

池田氏、大上氏、山口氏の3氏では、どのような師弟関係のなかで学びが実践され、技が継承されてきたのか――。その原点について話し合ってもらった。

【衝撃的な鍼灸体験が道を決める】

――今回、経絡治療の鼎談を巻頭で2本行おうと考えたのは、2017年3月に開催された第 32 回経絡治療学会学術大会長崎大会での橋本巌先生による教育講演「点描 経絡治療80年」がきっかけです。池田先生の臨床はこれまで何度か取材してきましたが、発表のスライドにありますように、こうして3代にわたって引き継がれている様をみて、ぜひ話を聞いてみたいと思いました。
一番若い世代になる山口先生からさかのぼりつつ、聞いていきたいと思いますが、山口先生が経絡治療の道に入られたきっかけを教えてください。


山口   もともとはトレーナー志望で鍼灸学校に入学しました。学生時代は、陸上部で長距離種目を行っていたので、鍼灸は身近なものでした。傷害へのケアとして鍼灸マッサージを受けているうちに、自分もそうしたサポートをする側に回りたいと思ったのです。

池田政一氏による鍼灸実技の動画を本WebサイトおよびYouTubeで公開しました。

山口   ところが、1年生のときに池田政一先生の鍼を映像で観て、仰天したというか、価値観が一変しました。まず、手の動きや鍼さばきがとにかくかっこよかったんです。そして、脈やお腹の状態から、患者さんの症状や日常生活をズバズバ当てていく……そんな姿に「鍼で病気を治せるんだ。鍼灸ってこういう世界なんだ」と初めて知りました。同じ年に、池田先生に会うために夏期大学に参加したのが、経絡治療を勉強するようになったきっかけです。

――初めて参加した夏期大学で、大上勝行先生とも出会ったのでしょうか。

山口   そうです。実は、私が観た池田先生の映像というのが、大上先生の治療院で開いた勉強会でのもので、私が希望してビデオを送ってもらったのです。夏期大学では、池田先生の助手を大上先生が務められていたので、ビデオのお礼も兼ねてごあいさつしたら、すごく気さくで優しい先生で、その後も、勉強会や学術大会のお手伝いをするようになりました。ただ、3年生のときに実習で大上先生の治療院を見学させてもらったのですが、そのときの先生は、これまでの印象とは全く違っていたことを今でもよく覚えています。

――学会や勉強会での気さくな印象と、治療院での先生の印象は違ったのですね。

山口   全然違いました。患者さんに対してはすごくソフトなのですが、鍼を持って臨床するときは、息がしづらいほど近寄りがたい雰囲気で、これが臨床家なのだと思いました。

そんな緊張感のなかで治療を見学させてもらって驚いたのが、手の動きが池田先生とよく似ていたことです。目の前で、次々と患者が治っていく様子を目の当たりにして、大上先生への憧れが大きくなっていきました。3年生のときに、勉強会で「よかったら勉強しに来るか」と誘っていただいて、弟子入りすることになりました。

池田政一氏、大上勝行氏、山口誓己氏による鼎談の様子を本WebサイトおよびYouTubeで公開しました。

大上   ちょうど、もともといた弟子が辞めることになったんです。当時は、1人でやれないほど忙しくはなかったのですが、2人態勢で長くやっていたこともあって、山口君はどうかなと思って声をかけたんです。

池田   師匠と弟子は縁がすべてだからね。どれだけ来たくても縁がなければ来られないし、縁があれば、そういう具合にひょっと弟子入りできたりするものです。

――大上先生は、池田先生とどんな縁があって弟子入りしましたか。

大上    私の父親が徳島県立盲学校で教師をやっていたので、家では、鍼をするのが普通のことでした。ごく身近に鍼灸があるなかで育ち、薬大は出ましたが、製薬会社の営業職になりたくなかったので、大阪鍼灸専門学校(現・森ノ宮医療学園専門学校)に入学しました。

入学後は、経絡治療学会関西支部に通い、岡部素道先生の直弟子にあたる福本憲太郎先生の教えを受けて、経絡治療に傾倒していきました。池田先生に初めてお会いしたのは、父から「鍼灸と漢方薬をやりたいんだったら、一度行っておいで」と言われて、1年生のときに治療院を見学させてもらったのが、きっかけですね。第一印象としては、やはり怖かったです(笑)。治療自体は手が速くて、よく分からなかったことを覚えています。

その後、夏期大学や勉強会をしているうちに、お会いする機会も増えていきました。経絡治療は勉強すればするほど疑問が沸きましたが、それをぶつけても答えてくれる先生は少なく、その数少ない一人が、池田先生だったのです。著書の『難経ハンドブック』(医道の日本社)にも、古典をいかに臨床に生かすのかが書かれていて感動しました。

池田    当時のことはよく覚えています。大上君のお父さんとは「盲学校に講演に来てもらえないか」と依頼されたのをきっかけに交流を持ちました。

 

つづきは、雑誌「医道の日本2018年10月号」でお読みください。