灸の煙の安全性と効能はどこまで分かったか

松本 毅

物の流通に関して、安定した品質を求めるための世界共通規格を策定する非政府組織である国際標準化機構(International Organizationfor Standardization: ISO)では、2010年にTC(Technical Committee)と呼ばれる技術委員会の一つであるISO/TC249が立ち上がった。TC249で鍼以外の医療機器の品質と安全性について議論されている。その日本側の委員の一人である松本毅氏は、千葉大学柏の葉鍼灸院での臨床を行いながら、同大学環境健康フィールド科学センターでヨモギやモグサについて研究している。

『医道の日本』2017年6月号のインタビュー「灸機器の国際規格『ISO18666』は灸の臨床にどう影響するのか」では、灸機器の国際規格「ISO18666 General requirements of moxibustion devices」の議論を中心に今後、臨床や教育の現場ではどのような影響があるのかについて紹介した。今回は2017年6月以降に松本氏がかかわった研究の主なテーマである灸の煙の話を中心に、灸に関する医療機器(モグサ)の品質と安全性、そして、今後の直接灸の未来について話を聞いた。

【Ⅰ.灸の煙の安全性が認められた】

――近年の松本先生の研究の中心となっている灸の煙に関してお話をうかがえますでしょうか。

松本   まず、灸の煙について安全性の観点からお話をしてみたいと思います。煙の研究は、ISOを踏まえたお灸の安全性を意識して、筑波技術大学名誉教授の形井秀一先生とともに今後の展開を見越して行ってきたものです。ISOは案件が出てきてから実験しても、間に合わないことも多くありますので、2、3年先を見据えて研究を進めています。

松本   特に煙に関する研究は、研究者としては非常に手を出しづらい分野です。構想から着手するまで時間がかかりました。

――研究に手を出しづらい理由は何でしょうか。

松本   健康のために用いられる灸ですから、もし仮に「有害性」という言葉が一人歩きしてしまうと、社会的にもマイナス面が大きいわけです。文章で書く際に私は灸に関しては「安全性」という言葉を使っています。そういった経緯もあり、煙の研究は日本として触れてこなかった分野です。しかし、私たちが研究を始めた当時、すでに中国、韓国では煙の安全性について研究が進められていました。そういった背景もあり、いち早く煙の研究に着手することになりました。

煙に含まれる成分には2つの性質があると思います。一つは人に対してプラスになると考えられている香気成分、もう一つは煙の有害性というマイナスの面です。モグサだけではなく、物を燃やすと必ず有害物質が出ます。当然アロマキャンドルや線香、薪ストーブ、かつお節など、日常使われている物からも有害物質が出ますので、それ自体は仕方がないことです。ただ基準値を超えるのは問題です。そのため、私たちは日本の高精製、中精製、低精製のモグサとそれを加工した、棒灸、無煙灸などの煙の安全性について調査をしました。

今回、高精製、中精製、低精製のモグサを燃やして有害物質の発生量について調べたところ、国の基準値より大幅に低い数値が出ました1)。数値のうえでは、安全であるという結果になりました。しかし、これは、一つの研究の結果であって、ほかの先生の別のアプローチでは、違う数値が出てくる可能性もあります。患者さんよりも、治療者がより多くの煙を吸うので、今後も慎重に進めていくべき研究だと思います。

1)  Takeshi Matsumoto, Shuichi Katai, Takao Namiki. Safety of Smoke Generated by Japanese Moxa upon Combustion . European Journal of Integrative Medicine. 2016; 8(4): 414-422.

【Ⅱ. 香気成分がもたらす効能のエビデンスは不十分】

――2018年、松本先生は「モグサおよび燃焼時の煙の香気成分(シネオール)量の日中比較」という研究を発表されました。この研究を行った経緯についてうかがえますでしょうか。

松本   モグサの燃焼時に出る香気成分はシネオールだけではなく、さまざまな物質が発生します。日本では昔からシネオールが研究対象になってきましたので、今回の発表では、さまざまな香気成分が検出されたなか、シネオールに絞って報告しました。この実験では、中国のモグサも含めた、さまざまなモグサのシネオール量と燃焼時の煙の中の含有量を調べました。加えて上部、底面からの燃焼時の煙に、どの程度シネオールが含まれているのかについても計測しました。

そこから導き出された結果ですが、シネオールは残念ながらほとんど検出できませんでした。

――高精製のモグサほど品質がよいので、身体によいといわれる香気成分(シネオール)の残留量が多くてもよいように感じます。

松本   シネオールは揮発しやすい物質です。日本のモグサの製造方法として、最初に加熱乾燥を行います。すると、香気成分は揮発していってしまうのです。モグサを高精製にするためには、通常よりさらに高温で加熱して、精製を繰り返しますし、香気成分の含まれる葉肉などの部分もこそげ落としているため、モグサをつくる過程でどうしても香気成分が抜けていってしまうわけです。

その一方で、中国ではヨモギは天日乾燥のみで加熱乾燥が加えられません。製造方法としても葉を磨り潰すのではなく、細かく裁断する形が多いので、葉肉も多く含まれ、モグサにしたときの香気成分の含有量が多いというわけです。そのため、製造過程でもシネオールが多く残留しています。

 

つづきは、雑誌「医道の日本2018年12月号」でお読みください。

お得な定期購読のご案内

Apple、Apple のロゴは、米国および他の国々で登録された Apple Inc. の商標です。Mac App Store は Apple Inc. のサービスマークです。
Android、Google Play、Google Play ロゴは、Google Inc. の商標です。