ナイチンゲールの看護思想に学ぶ
「アート・アンド・サイエンス」によるケアの実践論

金井一薫 氏 / 東郷俊宏 氏

看護の歴史を変えたといわれるナイチンゲールは、患者を「生活者」としてとらえ、家庭での看護を推奨した。その発想は東洋医学との共通点が多く、術前術後で体調不良や不安を抱える患者との向き合い方を再考する際に新たな視点を授けてくれる。ここでは、長年ナイチンゲールの研究に携わる金井一薫氏と、術後の看護から介護そして看取りの経験をした東郷俊宏氏が、ナイチンゲールの『看護覚え書』に記された看護の真髄を読み解きながら、これからの「ケアのあり方」を論じ、深めていく。

【生命力の姿をイメージする】

東郷   最初に、私がナイチンゲールの看護理論、そして金井先生に出会ったきっかけをお話しします。私は京都府立医科大学で歴史学を講じていらした新村拓先生が北里大学へ異動したのに伴い、新村先生が担当していた授業を非常勤講師として引き継ぎました。2001年のことです。私は当時、京都大学人文科学研究所に在籍しており、東アジア医学史や医史文献の研究はしていましたが、現代医学も含めた医学史を研究していたわけではありません。医者の卵に何をどのように教えるか迷っていたその時期に花輪壽彦先生(北里大学)の『漢方診療のレッスン』(金原出版、1995)という本に出あい、このなかでナイチンゲールが取り上げられていたことから、ナイチンゲールに関心を持ち始めたのです。ナイチンゲール著作集第Ⅰ巻のなかに収められていた『看護覚え書』(現代社)を読んだところ、患者の観察に重きが置かれていることに非常に感銘を受けました。看護師だけでなく、医学に携わるすべての職種の学生にとって大変重要な内容だと思ったので、さっそく『看護覚え書』から抜粋したものを教材にして医学史の授業を始めました。

東郷   東洋医学では脈診が重視されていますが、ナイチンゲールの『看護覚え書』にも脈診について書かれている箇所があります。「看護師がこれらのいろいろな脈の性質に精通していないで、どうして自分の仕事に自信を持つことができようか? またどうして患者の危険や苦痛を救う存在でありえようか?」1)と強い調子で書かれていました。東洋医学と西洋医学の接点を伝える手段として、ナイチンゲールを紹介したらよいのではないかと考えました。そうしてナイチンゲールについて調べるなかで、金井先生の研究を知ったのです。金井先生がナイチンゲールの研究に踏み込んだきっかけを教えていただけますか。

金井   私が看護師を志した1960年の後半から1970年にかけての日本では、まだナイチンゲールに対する誤解があった時代です。ナイチンゲールといえば「戦場の天使」「犠牲の精神」というイメージが強く、彼女の本当の姿は知られていませんでした。しかし私は『ナイチンゲール書簡集』(山崎書店)に出あい、真実のナイチンゲールの姿に触れました。そのなかでナイチンゲールは、看護は犠牲を払って行う仕事ではないと語りかけていたのです。それがきっかけとなり、「本物のナイチンゲールに出会いたい」と強く思い、ナイチンゲールが書いた文献を拾い集め、その研究にのめり込みました。ナイチンゲールの真実を知るにつれ、彼女は偉大な思想家だということが分かってきたのです。

研究にのめり込んだきっかけは以上のようなことですが、ついでに申し上げますと、ナイチンゲールの思想は、医学モデルではなく、生活モデル、あるいは生物モデルというべきものです。そしてその発想は東洋医学に近いものがあります。今では日本におけるナイチンゲール研究は随分と進んできています。にもかかわらず、戦後の看護教育システムにアメリカ式を取り込んだために、臨床はほとんどがアメリカ方式で動いています。


1)  ナイチンゲール著. 湯槇ます, 薄井坦子他訳. 看護覚え書(第7版). 現代社, 2011. p.207.

金井   ナイチンゲールの看護思想は古いものととられがちで、現場の看護師が『看護覚え書』を読んで実践に活かそうとしても、なかなか活用しにくいのが現実です。これは大変残念なことです。

東郷   ナイチンゲールの看護思想は、東洋医学を学んできた私にとっても新しい発見に満ちていました。まず、『看護覚え書』の序章には病気の定義として、「すべての病気は、その経過のどの時期をとっても、程度の差こそあれ、その性質は“reparative process”であって、必ずしも苦痛を伴うものではない」と書かれています。この「reparative process」について、ご説明いただけますか。

金井   「reparative」は「修復」「ほころびを直す」、「process」は「過程」「成り行き」を意味します。「reparative process」は「回復過程」と訳されていますが、「回復する過程」と同義ではありません。ナイチンゲールは「病気とは毒されたり(poisoning)、衰えたり(decay)する過程を癒そうとする自然の努力の現れ」とも表現しています。つまり、ナイチンゲールがいう「回復過程」とは、身体内部に起こった乱れに対して、自然治癒力や回復のシステムが発動して、身体内部をバランスのとれた元の状態に戻そうとするときに起こる自然の生命現象であるといえます。この身体内部に起こる回復過程の姿、治癒力の動きの方向や大きさや質をイメージすることが看護師に求められる能力であり、病気を見つめる看護の大切な視点だと、ナイチンゲールは指摘しているように思います。

東郷   ナイチンゲールの言葉に「病気は自然の努力の現れ」とありますが、これも現在では当たり前に使われるようになった「自然治癒力」や「恒常性維持」といった概念とつながると思います。フランスの生理学者であるクロード・ベルナールが「内部環境の固定性」を発表するのが1859年で、それにアメリカの生理学者であるウォルター・B・キャノンが恒常性という言葉を与えたのが1920年代から1930年代です。ナイチンゲールの時代には「内部環境」の考え方がすでにあったようですが、ナイチンゲールがベルナールの考え方を取り入れたり、あるいは東洋医学に関する知識を吸収したことを確認できるような文献は存在するのでしょうか。

 

つづきは、雑誌「医道の日本2019年4月号」でお読みください。

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