肩関節周囲炎に対する鍼治療
─可動域拡大の観点から─

水出靖 氏

【Ⅰ. はじめに】

肩関節は人体で最も可動範囲の広い関節である。日常生活動作に必要な肩関節の可動域はおよそ屈曲120度、伸展45度、外転130度、水平屈曲115度、90度外転位での外旋60度、下垂位での内旋100度であり1)、これよりも高度な制限があると生活にさまざまな支障を来す。肩の可動域を低下させる疾患は数多いが、本稿では遭遇する頻度の高い肩関節周囲炎を取り上げる。

【Ⅱ. 肩関節周囲炎の病態】

肩関節周囲炎の定義は必ずしもコンセンサスが得られていない。一般的には、感染や外傷などの明確な原因がなく、肩関節の疼痛や運動制限を主徴とするさまざまな病態を含む症候群を「肩関節周囲炎」2)や「広義の五十肩」と総称し、特に中年以降で関節拘縮を有する場合を「いわゆる五十肩」「狭義の五十肩」とする傾向にある。

「いわゆる五十肩」の状態からその成因や経過の見解をまとめたのが図1(※雑誌「医道の日本2019年10月号」参照)である3)。すなわち退行性変化を基盤に腱板滑動機構(腱板や肩峰下滑液包)、長頭腱滑動機構(上腕二頭筋長頭腱)、腱板疎部に炎症を生じる。この段階では腱板炎や上腕二頭筋長頭腱炎などの独立した診断が可能であり、このまま治癒する例も多い。

しかし炎症が増悪・拡大すると、肩峰下滑液包や関節包、烏口上腕靱帯、腱板疎部の線維化、癒着、瘢痕化などの器質的変化を生じて関節拘縮を来す。この状態が「いわゆる五十肩」に相当する。可動域制限の要因から病期を、疼痛や筋攣縮によるfreezing phase、関節拘縮によるfrozen phase、回復段階のthawing phaseに分類する。本邦では自然回復が強調されるが、欧米の長期観察の報告では、日常生活には支障がない程度の違和感や可動域制限が残存する例も少なくない。

なお、第37回日本肩関節学会(2010年)シンポジウム「肩関節拘縮の基礎から臨床」では、「五十肩」の名称を使用する場合にはその都度厳密な定義をするよう取り決めている。


1)Namdari S et al. Defining functional shoulder range of motion for activities of daily living. J Shoulder Elbow Surg 2012; 21(9): 1177-83.
2)山本龍二. 肩関節周囲炎. 図説肩関節Clinic. メジカルビュー社, 1996.
3)水出靖. 肩関節周囲炎に対する鍼治療 病態からみた治療効果について.現代鍼灸学 2008; 8: 69-77.

【Ⅲ. 可動域制限の要因】

可動域制限の要因は「関節運動で引き伸ばされる軟部組織の伸張性の低下」と「関節動作筋の筋出力の低下」に大別できる。

1. 軟部組織の伸張性の低下

炎症や不動に起因する肩峰下滑液包、肩関節包、烏口上腕靱帯、腱板疎部など肩関節周囲の軟部組織の癒着、瘢痕形成、線維化といった器質的変化による伸張性の低下は関節拘縮の主要因子である。

筋肉の伸張性低下は疼痛による反射性の攣縮と、関節の不動状態の継続によって筋原線維や筋膜の構造的変化を来した短縮がある4)。前者はfreezing phaseの可動域制限の主要因であり、後者は関節拘縮の要因の一つである。

攣縮は肩関節周囲組織の炎症によって誘発される筋トーヌスの亢進であり、筋内圧を上昇させ、筋血流の低下を惹起する。また疼痛は、交感神経を介する筋内血管の収縮によって筋血流を低下させる。

このような筋血流の低下は攣縮を悪化させ、さらに疼痛が増強する、いわゆる痛みの悪循環を招く。攣縮は原因となる炎症や疼痛を軽減することで改善するため可動域も拡大するが、疼痛の改善が得られず不動状態が続くと筋肉はコラーゲンの架橋形成を始めとするさまざまな器質的な変化に陥り伸張性は容易に回復しなくなる。関節の不動自体も疼痛を増強させ5)、一層関節の不動化を促進して拘縮を増長させる。

2. 筋出力の低下

動作筋に疼痛や攣縮、関節の不動状態による筋萎縮があると、拮抗筋ほか関節の軟部組織の張力に抗する力が十分発揮できず可動域は制限される。肩関節周囲炎では極端な筋萎縮はみられないので、疼痛を軽減することで多くは改善される。


4)赤羽根良和. 肩関節拘縮の評価と運動療法 第1版. 運動と医学の出版社, 2013.
5)落合信靖ほか. ラット肩関節拘縮モデルにおける感覚神経に関する検討. 肩関節 2011; 35: 965-9.

【Ⅳ. 診察】

実際の診察では、ほかの疾患との鑑別を行うが本稿では省略する。

1. 評価すべき項目と意義

(1)自動運動・他動運動による可動域測定
自動可動域は、患者の意志、筋力、運動の協調性、拮抗筋の緊張の影響を受ける。他動可動域は関節の構築学的異常や関節周囲組織の伸張性低下による可動域制限を把握できる6)。拘縮のない場合、自動運動で制限のあった可動域は他動運動で拡大する。拘縮がある場合は、両者の可動域の差は小さい。ただ、慎重に他動運動を行っても可動域への筋緊張の影響を完全には除外できず、実際は器質的変化と筋収縮の影響が加味されたものとなる。

(2)肩甲上腕リズム
肩の挙上運動は肩甲上腕関節と肩甲骨の上方回旋からなる。外転運動の場合、その比率は時相によって異なるが、全体では約2対1である。関節拘縮があると上肢を他動的に動かした際に肩甲骨の連動が顕著になる。

(3)end feel
他動運動を行った際に可動域の終末域で触知される抵抗感であり、組織によって性状が異なるため、制限因子の推定に有用である。拘縮のない場合には抵抗感は不明瞭だが、拘縮があると比較的硬い抵抗感を触知する。

(4)筋肉の状態
攣縮を生じた筋肉には顕著な硬結(緊張)や圧痛を伴う。硬結は筋肉を伸張すると明確になり、弛緩させても存在する。筋肉の収縮や伸張によって疼痛が誘発される。一方、短縮した筋肉は伸張すると緊張が明確になるが弛緩させると消失する4)。強い圧痛や収縮時の痛みはなく、最大限に伸張した際に疼痛があっても攣縮に比べ軽度な突っ張り感や鈍痛である。


6) Cynthia C et al. 関節可動域測定のための序. 関節可 動域測定法 第2版. 木村哲彦監訳. 協同医書出版社, 2002.
4)赤羽根良和. 肩関節拘縮の評価と運動療法 第1版. 運動と医学の出版社, 2013.

 

つづきは、雑誌「医道の日本2019年10月号」でお読みください。

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