『脉論口訣』発刊記念著者インタビュー
(※関連動画あり)

篠原孝市 氏

戦国時代の名医、曲直瀬道三による『脈論口訣』の現代語訳が2019年12月1日に発刊された。「日本脈学の頂点」(本書の「はしがき」より)ともいうべき『脈論口訣』は、道三の4つの著作と、それ以外の中国医書や脈書からの引用で構成され、道三の死後、1683(天和3)年に出版されたもので、現代語訳は本書が初めてとなる。臨床ではどのように活用できるのか。現代語訳に加えて、注と解説を執筆した篠原孝市氏に聞いた。

【脈の基本から応用までを網羅】

――『脈論口訣』を現代語訳することになったきっかけは、2018年8月10日の経絡治療夏期大学です。篠原孝市先生の『脈論口訣』の講義が非常に実践的な内容で、すぐに治療に使えると思いました。講義が終了した直後に「現代語訳をやりませんか」と打診させていただきました。

篠原   あのときは突然のことで驚いて、いったん「考えさせてください」とお答えしました。検討に少しお時間をいただいたのは、かなり大変な仕事になるだろうという予感があったからです。『脈論口訣』は全5巻ですが、原著の分量はさほどでもありません。さらに和文で書かれていますから一見、簡単そうにみえます。

しかし、現代語訳をするならば、臨床に応用しやすいように、かなりの量の解説と注を付けなければなりません。そうなると、原稿の作成には膨大な時間がかかります。『脈論口訣』を長年読んできて、講義の題材にも使ってきたからこそ、その大変さは想像できました。

それでも、私の師匠筋にあたる井上恵理、井上雅文両先生にかかわりの深い古典ですし、私がやらなければ誰かがいずれやる仕事です。それならば、自分がやったほうがよいのではないかという思いがありました。


『現代語訳 脈論口訣 ―原文・注釈・解説付き』の詳細はこちらから。


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篠原   そして、何よりも『脈論口訣』は経絡治療のルーツともいうべき書物です。これまで現代語訳がされてこなかったのは、あまりにもポピュラーであるがゆえに、盲点となっていたのでしょう。現代語訳に解説や注を付ければ、現在の臨床家の方々に大きな力になるという確信があったため、引き受けることにしました。

しかし、実際に取りかかってみると、予想以上の大変さでしたね。訳は1年で完了する予定でしたが、実際には14カ月を要しました。山登りでいえば3000メートルくらいかと思ったら、6000メートルはあった。今、作業を振り返ってみて、そんな感想を持っています。

――本書は、上段に原文の影印を載せ、下段に現代語訳、解説と注が付いている構成です。ページを開くと古典特有の難解さを感じる読者もいると思います。臨床にどんなふうに生かせますか。

篠原   5巻分が1冊にまとめられていて、第1~3巻では、脈にまつわる基本的な事項が記載されています。まずはここをよく読んでもらうと、脈診で何を重要視すべきかが分かります。浮脈や沈脈とは、どんな脈なのか。六部の脈診や人迎気口の脈状診では、どこを観るのかなど、脈を診るときの基本的なポイントをつかめるんですね。そして続く第4~5巻は、臨床的にさらに踏み込んだ内容になっています。小児や妊産婦への脈診と臨床についても解説されているほか、漢方や養生法、灸法にまでテーマは広がりをみせていきます。

臨床で使える個所を具体的に挙げていくならば、例えば、第3巻の「諸病生死の脈」(本書p.153)では「中風と中気が混じっている場合は、脈は必ず浮で、時に結脈がある」とあります。中風、つまり、風があたったときに、どういう脈状がよくて、どういう脈状がよくないかが説明されています。ほかの要因が加わったときに脈がどうなるかも含めて、これから大いに臨床化されるべきところだと思います。

第4巻の「七伝間蔵の事」(本書p.265)では「心肝肺脾腎の五蔵を、五行の運行に従って互いに他を生じる関係で見ていくと、七度伝わるものである。互いに他を生じて七度目には、当該の蔵は二度他を生じることになる」とあります。一読すると難しそうですが、これは患者さんの症状が変化していくとき、どんな枠のなかで変わっていくのかを説明しています。五臓を引き合いに出しながら解説が展開されるので、ここが理解できれば、症状によって脈がどう移っていくかが分かります。臨床的にも重要なところです。


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篠原   第5巻の「医家の必用」(本書p.272)のなかにも、「病人が暗いところを好むのか、明るいところを好むのかと問うべきである」(本書p.274)と、非常に興味深い話が書かれています。私は往療をするとき、患者さんがどういう部屋に寝ているのかを必ず確認します。患者さんが寝ている部屋が、明るいか暗いかで、予後が全く違うんですね。「往療では、患者の寝ている場所をまず観る」ということは、師から教わりました。そのもとは『脈論口訣』だったわけです。「医家の必用」では、食事についても言及されていて、「飲み物、食べ物については、熱いものを好むか、または冷たいものを好むか、冷水を飲むかと問い……」(本書p.274)と書かれています。問診時の情報をどう古典的な治療に反映させられるかを理解できます。

また「あらゆる病のうち、夜間に増悪し、昼間に安静になるものは、陰の有余である」(本書p.275)は、心あたりのある臨床家が多いのではないでしょうか。「いつ痛みますか」と患者さんに尋ねると「いつも痛いです」という答えが返ってきやすいですが、よく聞き出せば、寝る時間が近づくにつれ、痛みが増強していることが少なくありません。その場合、痛みは治りにくいです。そうした日々の臨床経験で感じていることが、『脈論口訣』には多く書かれています。

――『脈論口訣』では、脈と症状の関係についても幅広く書かれていますね。

篠原   そうですね。具体的な症状と脈状の両面から考えることの大切さを『脈論口訣』は教えてくれます。風邪を引いていれば、脈は浮いていることが多い。そんなときは「風邪を引いていますか」と問診で情報を集めながら、患者の病態を見極めていきます。風邪を引いていれば、脈が浮いて、かつ、一呼吸6度打つくらいに速くても、そんなに問題はありません。そうではなく、もし、風邪も引いていないのに、そういう脈状ならば、状態はよくない可能性があります。同様に「肩こり」という症状は同じでも、一呼吸で4度程度の脈を打つ場合と、6~7度も脈を打つ場合では、治りがまるで違ってきます。後者は、患者の身体の消耗が激しいと考えられます。

鍼灸マッサージ院には、運動器疾患の患者さんが多く訪れます。しかし、それはイコール重篤な患者さんが少ないということではありません。むしろ、深刻な症状が運動器疾患として現れることが多いです。だからこそ、病態をできるだけ正確に把握することが、臨床家には求められています。そのためには、脈の状態と実際の症状を照らし合わせなければならず、そのためのヒントが『脈論口訣』には散りばめられています。

 

つづきは、雑誌「医道の日本2020年1月号」でお読みください。

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