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鍼灸での有害事象を減らし、鍼灸のファンを増やす-局所解剖をイメージすること、固定概念にとらわれないこと:胸骨裂孔、頭頂孔、神経炎から-(第1回/全3回)

公開日:2026年6月1日

1.はじめに

 今回、筆者がこれまで『医道の日本』誌に投稿した内容を基に、3回にわたって鍼灸での有害事象を減らし、鍼灸ファンを増やすための私見を述べさせていただく。第1回目は、筆者の長年の研究テーマである刺鍼の安全深度から局所解剖のイメージの必要性と、固定観念にとらわれる弊害について事例を挙げて報告する。

2.有害事象の過去と現在

 鍼灸師は、「鍼灸は良い治療法」と考えている。しかし、世間は鍼灸師が思うほど鍼灸を認知しているわけではない。鍼灸師個々人が鍼灸の効果のエビデンスと安全性をたゆまずアピールしていくことが、鍼灸の認知度アップに繋がると考える。

 筆者が鍼灸業界に入った約50年前にも鍼灸治療で有害事象は存在した。しかし、当時のベテラン鍼灸師諸兄には、『鍼灸医療過誤』(医道の日本社刊)1)等が出版されているにも関わらず、頑なに「鍼灸での有害事象は無い」と認めない空気があった。当時、若かった筆者は「何いっているんだろう」と首をかしげていたが、彼らと同年代になった今、有害事象は起こってほしくないという願望もあったように想像している。

 全日本鍼灸学会安全性委員会では毎年有害事象について報告が出されている2・3)。鍼灸の現状を正しく認識し、将来の発展に情報公開は必要である。ただ、これはもろ刃の剣となり、安全性を啓発する一方、裁判で負の証拠資料となり、またSNS等で拡散されれば鍼灸のイメージダウンは計り知れない。

「鍼灸は良い治療法」という固定観念を取り去って各事例を精査し、有害事象という疑い(濡れ衣)を掛けられた場合、正当性を客観的に実証できる治療を行っていく必要があると考える。

3.鍼灸の臨床において良いことも悪いことも発生する

 鍼灸は乳児から終末期まで人生のあらゆる時期を対象とし、多種多様な疾患や症状に用いられている。顔面神経麻痺や脳卒中などの難病症状、起床時の腰のだるさや肩の張り等、重篤なものから軽微なものまで改善が認められ、それは悪化を遥かに超えていると筆者は実感している。

 病態把握の重要性を認識した自験例:筆者が定期的に施術していた腰痛患者が急に尿閉を訴えて来院した。臍右下部に約7㎝大の楕円形の膨隆と、施術後特段の変化が見られないことから重篤な状態と推測し救急外来に同行したところ、即、導尿され排尿となった。医師から数時間遅れていたら重篤な腎疾患となったと告げられ、患者から「命を助けてくれた」と感謝されたが、私自身は複雑な心境であった。

 失敗した自験例(胃がんによる腰痛):腰痛を訴える40代男性、志室の圧痛と背筋の緊張、および左腹直筋の過緊張という所見から加齢と疲労性の腰痛と推測し施術、術後効果はあったが、最終的には胃がんで3カ月後に亡くなった。症状の増悪だけでなく、経過が思わしくないものや何となくおかしいと感じた時は、迷わず医療機関への紹介を考慮する必要があると考える。

4.三次元での局所解剖をイメージすることと固定概念にとらわれないこと

①刺鍼による皮神経の神経炎

刺鍼の安全性の基本は、刺鍼点での局所解剖を三次元でイメージすることである。刺鍼点に皮神経があり、強刺激で神経炎や複合性局所疼痛症候群(CRPS)が発症した例も報告されている4~6)。特に橈骨神経浅枝や尺骨神経手背枝、脛骨神経や同内側踵骨枝、大後頭神経などである。

【症例1】腰痛点(腰腿点)への強刺激による神経炎7) 

28歳 男性 主訴:腰痛

状況:2011年9月、慢性腰痛のある学生の第2・3中手骨底間の腰痛点(腰腿点)に圧痛があり、切皮+3㎜程度雀啄刺鍼時、第2指への放散痛出現、鍼灸師は鍼のひびきとしてなお雀啄を行い、徐々に痛みが増強。夜間に前腕橈側~右第2・3指にも痛みが出現、特に中手骨間が著明で、上述した部位も触知で激痛。

所見:知覚低下は1~3指背側~手背。チネルテスト陽性。

治療:発症20日後: M整形外科受診「外傷性末梢性神経障害」。ロキソニン等服用。

発症4カ月弱:症状半減。第2・3指に限局。K病院受診。「右手背知覚神経部分断裂」。経過観察か手術の選択を促された。患者は経過観察を選び、投薬と鍼灸治療で1年後、ほぼ完治。

病態把握:図1は腰痛点、合谷と橈骨神経浅枝、および第4・5中手骨底間の腰痛点と尺骨神経手背枝の関係を示す。第2・3中手骨底間の腰痛点へ切皮+3㎜程度の雀啄で第2指への放散痛が出現した時点で橈骨神経浅枝に当たった可能性が推測できるが、鍼のひびきと考え、なお雀啄を続けたことで橈骨神経浅枝を損傷したと考えられる。
その他、合谷穴(橈骨神経浅枝)、太渓穴(脛骨神経とその枝)、天柱・風池穴(大後頭神経)でも神経炎を起こす可能性がある。

 刺鍼による神経炎を防止するには、①バリエーションはあるが、基本的な皮神経の走行をイメージすること。②切皮+約3㎜程度刺入で末梢にピリピリといった放散痛の出現は神経に当たっていると認識し、抜鍼し刺鍼点をずらす。

②膻中と胸骨裂孔

 解剖学的に任脈の胸骨部への刺鍼は安全性に問題ないと考える。しかし、胸骨裂孔がごくまれに存在することを認識しておく必要がある8)

胸骨裂孔事例:1995年ノルウェー、40歳女性、膻中穴に刺鍼し、胸痛・呼吸困難が出現、救急車要請後、死亡。死因は膻中刺鍼による心タンポナーゼ9)

 筆者らが大阪大学歯学部第2口腔解剖教室での胸骨裂孔の頻度等を調査した結果は1999~2003年の遺体159体中5例(3.1%)であった(図2)。裂孔はほぼ膻中に位置し、結合組織で孔は埋まっているが、鍼で容易に刺入でき、さらにその後方には心臓が位置しており、安全深度は10㎜以内。従って、胸骨裂孔の有無にかかわらず、横刺か斜刺は安全であることを報告した10)

③頭頂孔

 2012~2021年度同教室の141の頭蓋骨で頭頂孔の貫通したものは左側で49例(34.8%)、正中線にあるもの12例(8.5%)、右側にあるもの54例(38%)であった。孔の大きさは0.5~3㎜で平均1.6㎜であった。矢状面における孔の角度は、骨表面に対して前方から50~145°で平均91.9±19.4°であった。冠状面における孔の角度は、骨表面に対して左方から40~135°で平均86.3±20°であった。出現領域は前頂~強間穴で正中線から左右10㎜の範囲である(図3)。過去に頭部刺鍼により頭頂孔を貫通し脳を損傷した報告はないが、刺入位置・方向・深さにより脳を損傷する可能性はあることをしっかり頭の中に入れておくことが重要である11)

まとめ

 以上、有害事象防止へ向けて、神経炎・胸骨裂孔・頭頂孔から私見を述べた。

 ①神経炎の防止には皮神経の走行を認知する必要がある。もちろん、皮神経の走行にはバリエーションがあるが、三次元での局所解剖をイメージすることが必要である。特に合谷、奇穴の落枕や第2・3中手骨底間の腰痛点と橈骨神経浅枝、第4・5中手骨底間の腰痛点と尺骨神経手背枝、太渓と脛骨神経とその枝、天柱、風池と大後頭神経などの関係を知り、これらの経穴への刺鍼には注意が必要である。そして、切皮+3㎜程度で末梢に生じる放散痛を「鍼のひびき」ととらえず、各神経に当たっている可能性を考慮し、抜鍼し、刺鍼部位をずらして刺鍼することも必要と考える。

 ②胸骨は骨組織であり最終的には骨に到達するため安全である、頭部は乳児の大泉門や小泉門を除き、頭蓋骨により刺鍼で有害事象は発生しないという固定概念はむしろ危険である。胸骨には膻中の高さで胸骨裂孔が少数ながら存在し、頭頂孔が一般的に40%存在し、刺鍼の部位、方向、深度により脳損傷の可能性もあることを認知する必要がある。

いずれも、解剖学を学び、三次元での局所解剖をイメージし、固定概念にとらわれないことが鍼灸治療の安全性に重要であると考える。(第2回へ続く)


(謝辞)
ご指導いただきました宝塚医療大学の吉田篤先生に厚くお礼申し上げます。また、ご遺体を提供して下さった篤志の方とそのご遺族並びに白菊会に心より感謝申し上げます。

<参考文献>

1.上山茂他.鍼灸医療過誤 折鍼・気胸・急死.神奈川.医道の日本.1974:34-46.
2.古瀬暢達,上原明仁,菅原正秋他.鍼灸安全性関連文献レビュー2012~2015年および安全性向上策の検討.全日鍼学会誌.2016;66-1:149-56.
3.福世泰史,宮脇太朗,新原寿志,古瀬暢達,山下仁.鍼灸安全性関連文献レビュー2020~2023.全日鍼学会誌、2025;75-4:442-62.
4.藤原義文.鍼灸マッサージに於ける医療過誤 現場からの報告.大阪.2004:107-8.
5.尾﨑朋文,吉備登,米山榮他.鍼灸医療事故の事例、鍼灸医療安全対策マニュアル、第1版.東京.医歯薬.2010:108.
6.尾崎昭弘,坂本歩.鍼灸医療安全対策マニュアル.第1版.東京.医歯薬出版.2024.160-7.
7.尾﨑朋文,辻丸泰永,吉田篤他.合谷穴と太渓穴について-神経炎・複合性局所疼痛症候群-.鍼灸Osaka.2017;33(1):137-40.
8.監修・解説:山下仁.画:犬養ヒロ.マンガ覚えておきたい鍼灸臨床インシデント、解説「その二十 膻中の刺鍼.医道の日本.2011;811:199-203.
9.TB Halvorsen,SS Anda,AB Naess,O W Levamg,Fatal cardiac tampomade after acupuncture through congenital sternal foramen、The LANCET,1995;335-6:1175.
10.尾﨑朋文,森俊豪,于思,米山榮,森俊豪他.膻中穴刺鍼の安全深度の検討(1).全日鍼学会誌、2000;50(1):103-10.
11.尾﨑朋文,辻丸泰永,涌田裕美子,吉田篤,北村清一郎他、頭部刺鍼での安全性についての検討2.全日鍼学会誌第63回抄録号.2014;164.

執筆


尾﨑 朋文(おざき・ともふみ) 


尾﨑朋文先生 プロフィール
1977年 9月 大阪鍼灸専門学校(現 森ノ宮医療学園専門学校) 卒業
2002年 4月 全日本鍼灸学会研究部経穴委員会委員
2008年 3月 近畿大学通信教育部法学部卒業
2013年 4月 学校法人森ノ宮医療学園 理事(2025年3月迄)
2022年 4月 全日本鍼灸学会指導鍼灸師
森ノ宮医療大学 医療技術学部鍼灸学科(2026年3月迄)

大阪大学大学院歯学研究科高次脳口腔機能学講座受託研究員、全日本鍼灸学会会員、日本鍼灸師会会員 日本小児はり学会会員

1995年 代田賞受賞「刺鍼の安全性についての局所解剖学的検討」

2004年 全日本鍼灸学会高木賞奨励賞受賞「膏肓穴刺鍼の安全深度の検討-遺体解剖および生体での臨床所見・CT画像における検討-」

社会貢献:1991年~2025年(35年間)神戸視力障害センターにて「鍼灸でのリスク」等講演を行うなどの活動も行っている


仲村 正子(なかむら・まさこ)


森ノ宮医療大学 医療技術学部鍼灸学科

仲村 正子先生 プロフィール
2016年3月 浜松大学(現常葉大学)卒業
2018年3月 明治国際医療大学大学院 修了
2018年4月~森ノ宮医療大学医療技術学部鍼灸学科 専任講師
2018年10月~大阪大学 歯学部口腔解剖学第二教室鍼灸柔整理学解剖グループ 所属
2022年7月~全日本鍼灸学会 臨床情報部安全性委員会 委員
2022年10月~全日本鍼灸学会 経絡経穴委員会 委員
2025年4月~大阪大学大学院歯学研究科系統神経解剖教室 受託研究員

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