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排尿障害(主に過活動膀胱について)の鍼治療テクニック

公開日:2024年4月8日

はじめに

 高齢者の悩みの一つに、頻尿・尿意切迫があり薬物療法にも充分な効果が得られない症例も多く存在します。患者さんのQOLの改善に鍼灸医療が有効であるevidenceがあります。

この記事では過活動膀胱を取り上げて解説するとともに鍼治療の有効性について紹介いたします。

1.過活動膀胱とは

 1)過活動膀胱(Overactive Bladder)は、「切迫性尿失禁の有無にかかわらず、通常、頻尿および夜間頻尿を伴う尿意切迫」を特徴とする症候群であると定義しています。名古屋大学大学院医学系研究科泌尿器科学教室によると、日本におけるOABの疫学調査では40歳以上の男女の14.1%、すなわち約1,040万人の方が過活動膀胱に罹患し、その約半数(537万人)が尿失禁を有していることが推定されているとの報告があります。

 2) 過活動膀胱の病因は、過活動膀胱診療ガイドラインによると、排尿に関わる神経(脳・脊髄)が病因となる「神経因性」と、直接排尿に関連する神経以外の「非神経因性」に分かれます。

 「神経因性」では中枢神経の障害として脳疾患では、脳血管障害・パーキンソン病などで診られます。脊髄の障害としては脊髄変性疾患(変形性脊髄症・椎間板ヘルニヤ)、馬尾の障害では腰部脊柱管狭窄症などで診られます。

 「非神経因性」では膀胱の血流障害・炎症によっても診られますし、膀胱の加齢によっても起こるとされています。また、前立腺肥大症で排尿困難(小便が出にくい状態)が長期に渡ると、その結果、膀胱が過敏となり過活動膀胱の症状が発現するとされています。

2.西洋医学の治療(薬物療法)

 薬物療法には下記のような薬物が使用されています。大きく分けて膀胱の機能を抑制する作用と弛緩させる作用を持つ薬に分けられます。

1) 抗コリン薬(膀胱の収縮を抑制する働き)

 a.オキシブチニン(Oxybutynin)平滑筋の弛緩作用 b.プロピベリン(Propiverine)抗ムスカリン作用とカルシュウム拮抗作用 c.トルテロジン(Tolterodine)ムスカリン受容体拮抗薬 d.トロスピウム(Trospium) 抗ムスカリン作用 e.プロパンテリン(Propantheline bromide)  抗ムスカリン作用

2) β3受容体刺激薬(膀胱を弛緩させる働き)

 a.β3受容体刺激薬ベタニス(商品名:ミラベグロン)b. 選択的β3アドレナリン受容体作動性過活動膀胱治療剤(商品名:ベオーバ)が用いられます。

膀胱平滑筋にはβアドレナリン受容体が存在し蓄尿期の膀胱弛緩作用に関与することが指摘されています。

3.過活動膀胱の評価法

 過活動膀胱のスクーリニングには「過活動膀胱スクーリニング質問票」を用い、重症度評価には、過活動膀胱症状質問票(OABSS)を用います(表1)。これらは、初診時に記載させ評価します。過活動膀胱の重症度の評価をします。また、鍼灸治療を継続するなかで定期的に評価票を用いて治療効果の判定にも使用できます。

 OABSSの重症度判定は、合計スコアが5点以下を「軽症」、6~11点を「中等症」、12点以上を「重症」とされています (*質問3の点数が2点以上、かつ全体の合計点数が3点以上あれば、過活動膀胱が強く疑われます) 。

4.鍼灸治療

1)中髎穴の有効性

 中髎穴の取穴法は、図1に従い第三後仙骨孔部に取穴します。使用鍼は2寸8番とし、図2に示すよう鍼の刺入角度は、吻側(頭側)に向け45°斜刺にて約40mm刺入し、鍼が仙骨の後面の結合組織に沿うようにします。その時の中髎穴の得気は、「深部で重い感覚」が得られます。刺激は手で180°以内で回旋する旋撚術を10分行う方法を行いました。図3に活動膀胱の患者11名に対して中髎穴治療前・後の尿流動態検査(膀胱の機能検査)結果を示しました。中髎穴治療前・後で初発尿意(尿意を感じた時の膀胱内の生理食塩水の量)、最大尿意(膀胱内に最大限に生理食塩水を貯めれた量)が治療前に比べ増大していました。鍼治療前に比べ膀胱に尿を溜める量(蓄尿量)が増加したことを示します。

 また、膀胱コンプライアンス(膀胱の柔らかさを示す指標)は鍼治療前の値に比べ治療後は高くなりました。鍼治療によりコンプライアンス値が高くなったことは膀胱の柔らかさが増したことが考えられます。頻尿・尿意切迫感などの症状は、患者の約60%に改善がみられました。中髎穴の鍼治療は膀胱コンプライアンスを高めた結果、蓄尿機能(膀胱容量増加)が改善されたと考えています。(北小路博司, 寺崎豊博, 本城久司ら:過活動性膀胱に対する鍼治療の有用性に関する検討. 日泌尿会誌, 86: 1514-1519, 1995.)


図1.八髎穴の取穴法
図2.中髎穴の刺鍼方法
図3.鍼治療前・後の膀胱機能の変化

※北小路博司、寺崎豊博、本城久司、小田原良誠、小島宗門、渡辺泱:過活動膀胱に対する鍼治療の有用性に関する検討.日本泌尿器科学会雑誌.,86.10.p1514-1519.1995.から引用改変

2)諸家の過活動膀胱の治療について

 Changは頻尿・尿意切迫感を訴える女性患者に三陰交穴へ鍼通電療法を行ったところ、85%に症状の改善が得られ、最大膀胱容量の増大がみられたと報告しています(Chang PL. Urodynamic studies in acupuncture for women with frequency, urgency and dysuria. J Urol, 140: 563-566, 1988.)。

 Philpらは頻尿・尿意切迫感・切迫性尿失禁を訴える患者20例に対して腎兪穴、膀胱兪穴、次髎穴、命門穴、関元穴、気海穴および三陰交穴に鍼治療を行ったところ、77%に症状の改善が得られ、膀胱容量が増大していたと報告しています (Philp T, Shaw P, Worth P. Acupuncture in the treatment of bladder instability. Br J Urol, 61: 490-493, 1988.)。

 Emmonsらは切迫性尿失禁を有する過活動膀胱患者38名に対し鍼治療群(三陰交穴、委陽穴、膀胱兪穴、関元穴)に行ったところ、尿失禁の頻度は鍼治療群で59%に改善が得られ、尿意切迫感の頻度が減少したと報告しています(Emmons SL and Otto L: Acupuncture for overactive bladder: A randomized controlled trial. Obsterics Gynecol, 106: 138-143, 2005.)。

 Klinglerらは頻尿、尿意切迫感を有するurgency-frequency syndrome患者15例に対し下腿内側部下部(三陰交穴相当部位)に鍼を刺入し、内果の後下方(太谿穴相当部位)に対極板を貼付し後脛骨神経刺激(20Hz, 30分間)を週4回合計12回行ったところ、67%の症例に症状の改善が得られたと報告しています(Klingler HC, Pycha A, Schmidbauer J, et al: Use of peripheral neuromodulation of the S3 region for the treatment of detrusor overactivity: a urodynamic-based study. Urology, 56: 766-771, 2000.)。

 いずれの報告も頻尿、尿失禁や尿意切迫感の症状が減少しており、その効果機序として、膀胱機能に関連した仙髄領域の求心性刺激による骨盤神経遠心路の抑制反射と考えられ、過活動膀胱に対する神経変調療法治療の根拠とされています。

5.まとめ

 受診されている患者さんの主訴は、運動器系疾患が多いと思いますが、治療中に「夜間の排尿回数」を聞いてみてください。夜間排尿回数が2回以上と答えた患者さんの多くは、頻尿・尿意切迫感・などの症状を併せ持つ率が高いとの報告があります(北小路博司,ほか:鍼灸施術所に来院する患者の泌尿器系愁訴の保有率について,全日本鍼灸学会雑誌.43;.3. 99-108.1993.)。ぜひ鍼灸治療の対象として取り入れてみて下さい。

 これまでの諸家の報告から、治療方法を抜粋してみますと、「中髎穴」、「三陰交穴」、「委陽穴」、「膀胱兪穴」、「関元穴」、「腎兪穴」、「次髎穴」、「命門穴」、「気海穴」が使用されています。先生の治療に入れてみてはいかがでしょうか?

 鍼灸医療は、「痛み」だけでなく、多くの問題に対応する幅広い医学であることを患者さんへ認識・実感してもらいたいと思っています。

執筆

北小路 博司

宝塚医療大学 保険医療学部 鍼灸学科 特別教授

監修

内野 勝郎 宝塚医療大学 保険医療学部 鍼灸学科 学科長

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