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経絡治療学会第40回記念東京学術大会レポート

公開日:2026年4月3日

経絡治療学会第40回記念東京学術大会が、3月21日・22日の2日間にわたり、東京有明医療大学で開催され、全国から約300人の参加者が集まった。今大会では「経絡治療と健康長寿~経験と臨床~」をテーマに、鍼灸による健康維持や疾病予防、生活の質向上への実践的な応用などに関する多彩な講演や実践報告が行われ、参加者にとって臨床に役立つ知見に触れる機会となった。実行委員長の大木健二氏の開会宣言と大会会頭の小山基氏の挨拶にて本学会が開幕した。

 本学会会長の岡田明三氏は、健康長寿の実現において、鍼灸治療が未病治の観点から健康維持に大きく寄与する有効な手段であるとの認識を示し、今後いかに健康を保ちながら社会生活を営んでいくかを日々考えていると述べた。鍼灸が果たし得る役割について、本大会を通じて参加者とともに考える機会としたいと呼びかけ、本大会に招聘した講師陣についても紹介した。

記念講演

 記念講演「鍼灸治療と健康長寿」を行った岡田明三氏(経絡治療学会会長)は、はじめに健康長寿の概念と現代におけるフレイルの重要性について、特に加齢による身体的・精神的・社会的変化をいかに評価し、鍼灸治療で予防・改善していくかの視点から論じた。フレイルは「脆弱」「虚弱」を意味する概念であり、身体的フレイル、精神的フレイル、社会的フレイル、食のフレイルの4つのタイプに分類されることを示した。
 身体的フレイルについては、移動が困難になる(ロコモ)、男性26kg、女性18kg未満という握力が弱いなどの筋力低下(サルコペニア)や関節痛による転倒リスク、歩行速度の低下、内臓機能の衰え、疲労感の増大などを例に挙げ、加齢や疾患に伴う身体機能の低下が生活活動量の減少を通してフレイルを引き起こすことを説明した。精神的フレイルでは、毎日していたことがおっくうになることや外出意欲の低下、判断力の衰え、活気の喪失など、認知機能や気分の低下が原因となることを指摘した。社会的フレイルでは、孤立や交流機会の減少、楽しみや生きがいの喪失がフレイルの進行に影響することが論じられた。また、食のフレイルでは、食欲減退、嚥下や声量が小さくなる、固い食べ物を避ける傾向などを取り上げ、栄養状態の維持や咀嚼機能の低下防止の重要性が説明された。
 さらに、食べられなくなることが良くないため、歯の重要性、さらに腹筋を鍛えることも重要と語った。続けて、鍼灸治療や養生の実践的な活用に関して、身体的・精神的フレイルの予防に鍼灸経絡治療が有用であること、特に腎虚の観点から全身の調整を行うことが健康長寿につながる可能性があることを述べた。総括として、岡田氏は、加齢に伴うフレイルの理解と早期介入が現代の健康長寿戦略において重要であり、身体をつかう、精神の安定、社会とのつながりをつくり何でも食べること、そして週1回の鍼灸治療とまとめ、東洋医学は総合力であるとその意義を示した。

教育講演

 教育講演「鍼灸による平均寿命への道程を豊かにする健康寿命の延伸と生きがいの創造」について、伊東秀憲氏(北里大学北里研究所病院漢方鍼灸治療センター医長)が講演を行った。まず日本人の平均寿命と健康寿命の現状について報告し、2022年のデータによると、男性の平均寿命は81.05歳、女性は87.09歳であり、健康寿命は男性72.57歳、女性75.45歳とされている。平均寿命と健康寿命の差は男性で8.48年、女性で11.64年あり、他国との現状とも比較した。この平均して約10年という差を縮め、健康寿命を延ばすことが重要な課題であることと言及した。
 伊東氏は、健康寿命の延伸には身体的健康の維持に加え、心理・社会的側面からの支援も必要であることを説いた。さらに、近年の研究では、幸福度の高い人ほど長寿傾向にあることが報告されており、主観的幸福感(well-being)、健康寿命との関係性を模式図で図式化して分かりやすく提示。well-beingは「身体的・精神的・社会的に良好な状態」と定義され、生活の質(QOL)を含む包括的な概念である。
 講演では、貝原益軒の『養生訓』を引き合いに、食、生活リズム、身体活動、心といった養生のポイントや鍼灸治療の実践を通して、身体・精神・社会的側面の調和を図る手法について解説。特に経絡治療を用いた自律神経機能や恒常性維持の調整が、生活の質の改善や健康維持にどのように貢献できるかについて具体例を挙げ、臨床での応用可能性についても論じた。
 伊東氏は、鍼灸師が人々の生活の質の向上や健康寿命延伸に寄与しうる可能性を示唆し、臨床現場での取り組みの方向性について考察する契機とした。

会頭講演

 会頭講演「経絡治療と健康長寿」では、小山基氏(本会関東支部長)が登壇した。小山氏は、15歳で合気道や少林寺拳法の見学、入門し体術を習得した経歴を踏まえ、経絡治療に至るまでの自身の歩みを紹介するとともに、痛みを伴わない鍼治療に衝撃を受けた経験について語った。また、当時の教育カリキュラムにも言及。さらに、インド、ネパール、中国、ヨーロッパなど海外での経験を踏まえ、北里大学東洋医学総合研究所における岡部素道および岡部素明とのエピソードを紹介したほか、三宅島に出張所を開設し臨床経験を積み重ねてきた過去についても触れ、自身の体験に基づく知見を共有した。
 本講演にて、健康とは「増進するもの」ではなく「維持するもの」であるとの考えが提示され、健康状態を崩さないよう努めることの重要性が強調された。そのうえで、患者の健康が維持できない要因を多角的に捉え、生活条件を調整する工夫を行うことが治療者の役割であり、その継続を支援する姿勢が求められると述べた。また、『黄帝内経』の『素問』「上古天真論」といった古典を引用し、食事・睡眠・労働という三要素を適切に保つことが健康維持に不可欠であると論じた。
 最後に、寿命は家系の影響を大きく受けるとしつつも、その中でいかに健康な状態を長く維持するかが重要であると述べた。さらに、人は有限の存在であるがゆえに、次世代へとつないでいく意識を持つことが死への不安の軽減につながるとの見解を示し、講演を締めくくった。

特別講演

 特別講演「漢方の知恵でポジティブ・エイジング」を担当した木村容子氏(東京女子医科大学附属東洋医学研究所所長)は、まず冒頭で、「ポジティブ・エイジング」とは加齢に対して「アンチ・エイジング」ではなく、ポジティブに対応するという意味をもつ造語であると位置付けたうえで、加齢に伴う身体・心・社会面の変化を理解しつつ、老化の進行を緩やかにする「ポジティブ・エイジング」の実践的な取り組み方について解説した。
 木村氏は、漢方医学における男女の体の変化周期や機能のピークについて紹介し、加齢は避けられないものの、風邪をひかないことだけでも老化防止につながるなど、養生によって老化の影響を和らげることが可能であると述べた。また、令和6年度版高齢社会白書のデータを用い、平均寿命と健康寿命の差が約10年ある現状を示し、高齢者支援の負担増を踏まえ、フレイル対策の必要性を明確にした。
 次に、漢方治療は「心身一如」の観点から心身のバランスを整えることに重点を置き、フレイルの予防・改善にも役立つと説明。食事や運動を可能にする心身状態を維持するため、脾・肺・腎などの虚弱を補い、肝・心の働きを調整することが有効であるとした。
 講演では、個々の症状に応じた総合的なフレイル対策の症例を紹介し、漢方の服用による健康寿命延伸と生活の質向上への活用例を示し、心身全体を見渡したケアこそ、高齢化社会における持続的な健康維持の鍵であると伝えた。

実技供覧

 実技供覧では、各支部から4名の演者が、日常臨床で実践している治療手技を、聴講者に向けて披露した。

1. 増田眞彦氏(関東支部)
 臨床歴約40年。鍼管の形状や鍼先の仕上がりの塩梅が良いとして、山正NEOディスポ鍼寸3-0番を主に使用している。細い鍼としてはディスポ鍼最小のセイリンJSP寸3-02を用い、症例に応じて寸6も使用する。治療は60分で行い、仰臥位では施術法として本治法・標治法・置鍼を15分間実施、症例に応じて単刺を行う。伏臥位では標治法および必要に応じた単刺・灸を行う。

 増田氏は経絡治療の安全性と有効性を評価しており、取穴箇所や鍼の本数は可能な限り最小限に留めることを重視している。また、生活習慣との関係についても重要視しており、食事では「鍼灸によって体を整え、空腹にさせてあげること」とポイントを述べ、睡眠については「質の高い睡眠は、良い目覚めができたかどうかで判断される」と指標とした。

2. 馬場道啓氏(九州支部)
 臨床歴28年。使用している鍼はセイリンJSP寸3-1番と2番。臨床を始めた当初から使い続けているという。治療時間は約20分で、初診時は追加で15分ほどの問診を行う。治療はすべて単刺。まず仰臥位にて手足の要穴への補瀉、症例に応じて腹部への刺鍼。伏臥位にて背部兪穴、頸部、下肢膀胱経への補瀉。そして伏臥位で背部兪穴、仰臥位で手足の要穴。症例に応じて腹部へ施灸。施灸はすべて透熱灸。

 馬場氏の治療スタイルは祖父である故・馬場白光と父・道敬氏を継承し、それを現在まで繰り返し行っているという。治療フローでは鍼、灸、皮内鍼・円皮鍼を使用。毫鍼は小学生からで02番を使い、高校生や、はじめての大人には01番で施術し、パイオネックスに関しては、基本はイエロー(0.6mm)こどもにはオレンジ(0.3mm)を使用すると説明。また、風池は眼精疲労に有効だが、めまいには風池がトリガーとなって余計ひどくなるケースがあるため活用しない。補法の際は刺入したら動かさない。つまり、雀啄を行わない「我慢の鍼」である。丁寧な切皮で痛みを最小限にすることが不可欠である。さらに直後の効果を求めすぎないことがコツなど多くを伝授した。

3. 山口誓己氏(中国四国支部)
 臨床歴22年。使用鍼は、長平新タイプで操作性を重視したセイリンM-Ayame1寸-0番、1番、2番。治療時間は約30分。手足の要穴を中心に、愈募穴を補助的に単刺で補瀉し、あわせて養生指導を丁寧に行うことを特徴とする。

 花粉症については、春に肝気が高まることで発症すると解説。現代の冬は暖房器具の発達により十分な寒さを受けにくく、気血が十分に沈まない状態となりやすい。その結果、冬の養生が不十分となり、春に身体が適応できず花粉症を引き起こすと述べた。対策としては、冬に適度に寒さを受け入れて気血を沈めることが重要であり、下半身は温かく保ちつつ、上半身で寒さを受ける養生法を推奨した。
 胃腸については、胃腸の不調の一因として間食があるとして、間食とは、食事と食事の間に30分以上空けて摂取する飲食を指し、これが胃腸への負担になるという。したがって、食事はなるべく一度にまとめて摂ることが重要であるとする。この考え方を、植物への水やりに例え、十分に乾いてから水を与えることと同様であると説明した。また、食事内容については白米の割合を多めにするようレクチャーした。
 さらに、「運動が重要であっても、足が悪く動けない場合はどうするか」という問いに対しては、陰陽のバランスの観点から、日中の活動を高めるためにはまず夜間の休息を十分に取ることが重要であると回答した。講演中はこのように聴講者からの質問も多く、活発な質疑応答が行われた。

4. 中根一氏(関西支部)
 臨床歴28年。鍼先の加工精度の安定性と鍼体の柔らかさからJ-Sakura寸3-02番を主に使用し、肩部には01番を用いる。治療時間は約75分。四診に基づき、伏臥位で腰背部の膀胱経の硬結部に対して局所標治および置鍼(約15分)を行う。続いて仰臥位で腹部四穴および本治穴に置鍼(約15分)を行い、最後に座位で肩上部に散鍼を施す実演を行った。

 治療においては置鍼を重視しており、患者が自然に眠ってしまうような心地よい状態を理想とする。そのため、照明の配置など施術環境にも配慮している。短時間でも質の高い休息が重要であり、その体感の質が心身や人生の充実を促進するという考えを示した。
 また、施術を伏臥位から開始する理由として、問診では十分に対話を行う一方、施術中は集中のため会話を控える方針を挙げた。伏臥位により自然に会話を切り替えられる点を重視している。さらに、こうした施術はセロトニン分泌を促し、幸福感にもつながるとし、経絡治療との親和性についても言及した。

鼎談

 鼎談「経絡治療と健康長寿〜経験と臨床〜」は本大会プログラムの最後に行われ、岡田明三氏(経絡治療学会会長)、馬場道敬氏(同副会長)、今野正弘氏(同副会長)の三氏が登壇し、それぞれの臨床経験と見解に基づき議論が交わされた。
 まず今野氏は、先天性腰部脊柱管狭窄症による腰下肢痛の症例を取り上げ、西洋医学的所見と東洋医学的所見の双方から分析を行い、望診・聞診・問診・切診を通じた証の決定および治療法について、スライド資料を用いて報告した。また、過去の学術大会における「治未病」をテーマとした取り組みを振り返り、経絡治療の意義について言及した。
 続いて馬場氏は、経絡治療の基本概念として、経絡の虚実に着目し身体の歪みを調整することで症状の改善を図る治療法であると説明した。診断においては六部定位脈診を最重要視し、脈の「形」ではなく「力」によって虚実を判断する点を強調。また、難経六十九難に基づく母子補瀉論を用いた選穴、ならびに深鍼を避けた確実な取穴の重要性について述べ、治療目標は患部ではなく経穴にあるとした。
健康長寿については、単なる長命ではなく心身ともに自立した生活の維持を指すとし、運動・食生活・社会参加の三要素の重要性を指摘した。さらに、平均寿命と健康寿命の差に言及し、その乖離をいかに縮小するかが課題であると述べた。臨床においては、年齢層ごとの特徴を踏まえつつ、高齢者では機能維持と日常生活動作の自立支援が重要であるとした。加えて、過去の経験と現在の臨床に基づく4例の症例を提示し、経絡治療の有用性について具体的に示した。
 岡田氏は、自身の55年にわたる臨床経験を踏まえ、高齢化の進展と患者像の変化について、かつては高齢者の身体機能低下が顕著であったのに対し、近年では90歳を超えても自立して通院する患者が増加していると報告。また、老化には個人差があるものの、生きる意欲の強さが健康状態に影響を与え、生活態度にも反映されるとした。
さらに、男性は退職後に社会的関係が希薄になりやすく、女性は地域社会との結びつきを保ちやすいことから、フレイルの傾向にも差がみられるとの見解を示した。加えて、近年の鍼灸医療が運動器疾患中心となる一方で、本来の「治未病」に基づく経絡治療の重要性を改めて強調した。
馬場氏は、高齢期においても仕事や趣味を持ち続けることが健康維持につながると述べると、岡田氏は、鍼灸師の役割は患者の苦痛を軽減するだけでなく安心感を与えることにあり、そのためには心身双方への働きかけが不可欠であるとアドバイスした。鼎談の終盤では、三氏がそれぞれの生命観・死生観について持論を述べる場面があった。本鼎談は、経絡治療の理論と臨床経験を踏まえ、健康長寿の実現に向けた多角的視点を提示するものであった。

馬場道敬氏
岡田明三氏
今野正弘氏

祝賀会

 21日、すべての演題終了後、第40回記念祝賀会が東京ベイ有明ワシントンホテル3階アイリスにて開催された。会には、櫻井康司氏(学校法人花田学園理事長)、中村聡氏(公益社団法人日本鍼灸師会会長)や、故・岡田明祐および岡田明三氏の鍼治療を受けてきたという石原伸晃氏(ジャーナリスト、コラムニスト)をはじめ、多くの来賓ならびに参加者が出席し、盛大に執り行われた。

第40回記念祝賀会にて祝意を述べた櫻井氏
中村氏は、鍼灸師の役割について現場の声を集めるとともに、関係団体との連携を呼びかけた
長年にわたり岡田氏と親交のある石原氏も祝福に駆け付けた

閉会式

 閉会式では、今大会会頭の小山氏から会長の岡田氏へ会旗が返還され、次回開催地代表として山口氏へ授与された。山口氏は、次回大会を広島にて3月27日・28日に開催し、テーマを「ストレスと経絡治療」とすることを発表した。最後に大木氏が大会期間中の謝辞を述べるとともに、祝賀会が盛会のうちに終了したことが報告され、今大会は閉幕した。

次回大会について概要を伝えた山口氏
閉会の辞を述べた大木氏

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