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第72回(公社)全日本鍼灸学会学術大会神戸大会レポート【後編】

公開日:2023年8月1日

6月9~11日神戸国際会議場にて開催された第72回(公社)全日本鍼灸学会学術大会神戸大会の前編のレポートに引き続、11日に行われた内容を報告する。

前編のレポートはこちらから

大会テーマ「鍼灸学の次代展望-経験から学び、持続可能なエビデンスをつむぐ-」

特別講演2「すべての女性のベストパフォーマンスを応援する-月経困難症、PMS/PMDD治療のコツ-」

武田 卓
近畿大学 東洋医学研究所

 11日のはじめにメインホールにて行われた特別講演2では、月経困難症や月経前症候群(PMS)/月経前不快気分障害(PMDD)について武田氏が登壇した。月経困難症、PMS/PMDDには治療薬がファーストチョイスであるが、投与禁忌例や副作用が存在することからためらう患者がいること、一方で漢方や鍼灸治療は禁忌にならないため有効な代替療法であると提示した。

女性活躍促進において、月経困難症やPMS、PMDDは無視できない。月経痛治療では、パフォーマンス面からのPMS、PMDD症状への考慮と、アスリートを含めた女性のパフォーマンス向上に代替医療を含めた新規治療法の開発が必要と問いかけた

シンポジウム3「教科書改訂-次代へつむぐ道しるべ-」

  • 「東洋療法学校協会編 はりきゅう理論の改訂について」
    新原 寿志
    常葉大学 健康プロデュース学部 健康鍼灸学科
  • 「教科書『解剖生理』」
    鍵谷 方子
    人間総合科学大学大学院 人間総合科学研究科 心身健康科学専攻
  • 「新版東洋医学臨床論の解説と教科書改訂における今後の展望」
    新井 恒紀
    東京衛生学園専門学校

 教科書改訂の経緯と今後の方向性について、近年執筆をした3人が講演を行った。新原氏は、はりきゅう理論の改訂について、ポイントとして、項目と内容の整理、新しい知見や分かりやすい図表の追加、臨床との接点の記述に加えて、抽象的な用語や理解が困難な学説・仮説の削除を行い、具体的には、旧版第7章にある「鍼の対象となる疾患(WHOの見解/1979年)」は、東洋医学臨床論の範囲であり、且つ内容が古いことが削除の理由と述べた。新井氏は、今後の展望として、教科書のレベル設定、鍼灸臨床の最新知見やエビデンスをどこまで記載するか、改訂後の定期的なブラッシュアップを掲げた。

発展的な意見交換の重要性と、その継続が過去の経験や蓄積したエビデンスを初学者たちに伝えるツールとしての教科書づくりにつながり、次代の鍼灸師にとって最良の道しるべとなると新井氏。会場からはルビを振ってほしいなどの要望が上がった

若手パネルディスカッション(教育研修部主催)

これからを担う4人の若手の演者による症例報告や考察の発表が行われた。

  • 「消化器症状に対する胃機能評価から臨床や研究を考える」
    篠原 大侑
    帝京平成大学 健康科学研究科 健康科学専攻 鍼灸学分野
    スポーツ健康医療専門学校 鍼灸科
  • 「開業鍼灸師が症例報告を行う意義と所感」
     米倉 まな
    オンラインサロンここちめいど サロンオーナー
    はりきゅう処ここちめいど

 開業鍼灸師も研究者の協力を得ることで、より多くの症例を集積することが可能となり、多職種にも論文として示し、改訂の一助になれる可能性があると所感を述べた米倉氏。

  • 「私が症例報告から学んだこと 大学病院の臨床で得られたこと」
    井畑 真太朗
    埼玉医科大学 東洋医学科

  • 「私にとっての症例報告」
    加用 拓己
    福島県立医科大学 会津医療センター 附属研究所 漢方医学研究室

教育講演1「臨床研究のための統計学の基本知識」

新谷 歩
大阪公立大学 大学院医学研究科 医療統計学

 エビデンスをもとにした医療(EBM)が推奨される現代医療では、データ収集をすることがファーストステップとして、統計テストの選び方、無料統計ソフト「EZR」を紹介した。

データの作成は、エラーを避けるためになるべく手打ちしない。自動でやることが重要と主張した新谷氏

シンポジウム4「顔面神経麻痺診療ガイドライン2023年版からみる鍼灸の現状と可能性」

  • 「顔面神経麻痺診療のガイドライン2023年版について 顔面神経麻痺診療ガイドライン2023」
    羽藤 直人
    愛媛大学 医学系研究科 耳鼻咽喉科・頭頸部外科
  • 「『顔面神経麻痺のリハビリテーション認定指導士』が果たす役割」
    森嶋 直人
    豊橋市民病院リハビリテーションセンター

  • 「末梢性顔面神経麻痺に対する鍼灸治療のエビデンスとその役割」
    粕谷 大智
    新潟医療福祉大学 リハビリテーション学部 鍼灸健康学科

 鍼灸師では3人のみが認定されている日本顔面神経学会認定の顔面神経麻痺リハビリテーション指導士のうちの一人として講演を担当した粕谷氏。鍼灸の役割を重症例に対しての後遺症の予防と軽減が主目的である述べ、病期に応じたセルフケアの指導と専門医や専門職との情報共有(病期や評価法など)の必要性を論じた。

学会主催のリハビリ技術講習会や認定指導士の資格を取得することが質の担保になると総括した粕谷氏(写真左)

安全性委員会ワークショップ(臨床情報部主催)

  • 「『鍼の抜き忘れ』に対する患者の感情 Twitterへの投稿の分析」
    菊池 勇哉
    宝塚医療大学 保健医療学部 鍼灸学科
    全日本鍼灸学会 臨床情報部 安全性委員会
  • 「鍼の抜き忘れの現状と対策案について -関西医療大学の現状を踏まえて-」
    山崎 寿也
    関西医療大学 保健医療学部 はり灸・スポーツトレーナー学科
  • 「鈴鹿医療科学大学における『鍼の抜き忘れ』 発生防止の実状」
    宮脇 太朗
    鈴鹿医療科学大学 保健衛生学部 鍼灸サイエンス学科

鍼の抜き忘れを発生防止するための業務マニュアルとして、施術前にベッドや脱衣かご、床の落鍼などを点検する際に使用するブースチェックシート、さらに鍼のメーカー、番手、発見者や確認者を記入するセンター日誌、消耗品を記載する専用カードなど、様々なチェックシートをスライド上で共有した

教育講演2「整形外科治療と鍼治療の補完と融合 ~スポーツとの親和性~」

北條 達也
同志社大学 スポーツ健康科学部

 アスリートの薬物治療において、競技会期間中の投与が禁止になっている「糖質コルチコイド」は、ウォッシュアウト期間(体内に吸収された薬物がほぼ全て排出される期間)を遵守する必要があるとし、海外遠征先の食事から摂取し得る「クレンブテール」など、ドーピング違反のリスクとなるものを列挙した。パフォーマンスの維持や回復を目的に行う治療として、鍼治療やマッサージは安全なツールとして認識されていると解説した。

常にベストパフォーマンスを望むアスリートにとってサプリメントの使用にドーピング問題の懸念があり、さらに栄養摂取や睡眠のみでは疲労回復やコンディショニングが困難なケースがある。鍼治療やマッサージは安心安全で、スポーツと親和性があることを強調した

特別講演3「気象関連痛(天気痛)のメカニズムと対策」

佐藤 純
中部大学大学院 生命健康科学研究科
愛知医科大学 医学部 疼痛医学講座

雨が降る前や台風が近づくと始まるといった気象の影響を受けて悪化する症状は気象関連痛または天気痛と呼ばれ、天気の崩れや気圧の変化、寒暖差や強風などが痛みの誘因となると概説

教育講演4「今、養成校が求められること」

小原 教孝
平成医療学園常任理事
宝塚医療大学担当理事・統括長

鍼灸師養成校の入学者数は、少子化を背景に減少傾向にあるとし、現在の社会における鍼灸治療の必要性、未来社会に適応するカリキュラム編成、社会に適応するジェネラリストといった現代社会に基づいた3つのポリシーの見直しを推進した

「健康寿命と腸-ガットフレイルとは?-」

内藤 裕二
京都府立医科大学大学院 医学研究科 生体免疫栄養学

 ガットフレイルとは、胃腸の働きの虚弱化という意味で名付けた新しい概念であり、赤ちゃんから始まり人生すべて、特に働き盛りの人も含めてすべての人のWell-beingをガット(腸)への対策から目指すものと定義した。終始ユーモアを交えたトークに聴講者は興味を持って講演に聞き入っていた様子。

多くの疾患の発症、増悪に腸内細菌叢の関与が報告され、炎症や免疫制御における酪酸産生菌が注目されているという腸内フローラの役割を提示。腸内細菌からエンテロタイプ5型に分類し、バックデータからタイプ別にかかりやすい病気を把握することで、日常生活にて気を付けるべき食事や行動を提案できると示唆した

パネルディスカッション「COPDに対する鍼灸治療の効果と安全性-産学連携!気胸撲滅に向けての取り組み-」(教育研修部主催)

  • 「COPDに対する鍼治療の効果と 安全性への取り組み」
    前倉 知典
    前倉鍼灸院院長
    独立行政法人国立病院機構 大阪刀根山医療センター 研究員
    医療法人上野会上野会クリニック リハビリテーション科
  • 「COPDに対する鍼灸治療の効果と安全性-産学連携!気胸撲滅に向けての取り組み-」
    鈴木 雅雄
    福島県立医科大学会津医療センター 附属研究所 漢方医学研究室
  • 「安全・安心の鍼灸業界へ -医療機器メーカーとしての安全性推進-」
    西村 直也
    セイリン株式会社 国内営業部 医療・企画推進課
  • 「気胸防止のためのリスクマネジメント」
    古瀬 暢達
    大阪府立大阪南視覚支援学校
    森ノ宮医療大学鍼灸情報センター

パネルディスカッションを行った4人の講師陣。左から前倉氏、鈴木氏、古瀬氏、西村氏。安全な刺鍼深度について、COPD患者には特に注意が必要と話す前倉氏

市民公開講座「お灸のススメ」

中村 辰三
宝塚医療大学 保健医療学部 鍼灸学科

 直接灸は研究により白血球の数的増加、遊走速度、貪食能が増加し、免疫力がアップする効果が報告されているが、施灸には艾を小さくひねって米粒大につくる手間や灸のにおい、煙、火を使いたくないというマイナスな要素から灸の代わりとなる電子灸の開発に至った経緯を紐解いた。

電子灸の開発では、1mgの艾(35粒)に点火、その温度の平均値67℃を設定温度としたと説明。使い方をレクチャーした

教育講演3「鍼の基礎研究から臨床への展望」

内田 さえ
東京都健康長寿医療センター研究所 自律神経機能研究室

 高齢者の嗅覚について、バラの花を使った調査方法から同定域値を算出し、注意機能や弁別機能といった認知機能の低下に関連することを報告。認知症の早期発見と予防を目指して、バラ花香の感度による超早期検出と嗅覚刺激によるコリン作動系活性化を介した認知機能の低下を予防すると今後の展望を語った。

認知症における音楽、運動療法や嗅覚トレーニングなどの非薬物療法のひとつに鍼治療が挙げられると内田氏


 その他に、一般口演16題、実技セミナー3題、業者によるランチョンセミナー4題、テクニカルステップアップセミナー、学生発表表彰式が執り行われた。

実技セミナー5「腰下肢症状に対する鍼灸治療」にて、実技を披露した中島美和氏(ドクトル鍼灸医学研究所 京都四条からすま鍼灸院院長)

 また、関連業者による展示販売会場が3階と5階フロアにそれぞれ常設され、参加者らは各プログラムの間に足を運んでいた様子。

3階レセプションホールにて行われた販売会の様子
各社の鍼の使い方や刺し心地などを試せる体験型のブースが設置された
5階、会場に続くホールに特設された業者展示の様子
参加者らが多く訪れ、活況を呈していた

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