「令和8年度 リスクマネジメント研修会 Part1」レポート 公社) 日本鍼灸師会 危機管理委員会・学術研修委員会主催

令和6年6月23日、公益社団法人 日本鍼灸師会 危機管理委員会、学術研修委員会による、「令和8年度 リスクマネジメント研修会 Part1」がオンライン開催された。
日本鍼灸師会 学術研修委員会 委員長 河原保裕氏の冒頭挨拶にて、500名を超える参加申し込みがあったこと、誰もが事故を起こそうと思って臨床をしているわけではないが、日々の鍼灸臨床において、有害事象はごく身近に潜んでいるものであることから、有害事象の現実を踏まえ、改めてリスクマネジメント意識を高めることで、患者に対しより安全で安心な鍼灸治療を提供するため、何よりも施術者の安全を守るためにも必須な内容と考えていると、当研修会開催の意図説明があり開会された。

目次
当日のプログラム
・第1講「賠償責任保険について」
座長: 是元 佑太 氏(日本鍼灸師会 危機管理委員会委員長)
講師: 松尾 宗一郎 氏(三井住友海上火災保険株式会社 公益法人部 営業第一課)
講師: 秋山 剛 氏(株式会社ウーベル保険事務所)
・第2講「深刺による有害事象を防ぐために ― 実際の有害事象報告と人体構造からの考察 ―」
座長: 菅原 正秋 氏(全日本鍼灸学会 臨床情報部安全性委員会 委員長)
講師: 上原 明仁 氏(全日本鍼灸学会 臨床情報部安全性委員会 委員)
1. 第1講:鍼灸師賠償責任保険について
- 座長: 是元 佑太 氏(日本鍼灸師会 危機管理委員会委員長)
- 講師: 松尾 宗一郎 氏(三井住友海上火災保険株式会社 公益法人部 営業第一課)
- 講師: 秋山 剛 氏(株式会社ウーベル保険事務所)
第1講では、日本鍼灸師会の総合賠償責任保険の制度概要、過去の事故データ、ならびに万が一の事故発生時における初期対応フローについて解説がなされた。

(1) 総合賠償責任保険の概要と補償範囲
三井住友海上の松尾氏より、当会の総合賠償責任保険制度について説明された。本保険は、鍼灸、あんま、マッサージ、指圧業務に起因する対人・対物事故のほか、治療院施設・設備による賠償事故を補償する基本プランで構成されている。また、任意でサイバー攻撃による被害を補償する「サイバーリスクオプション」なども追加可能であるとのこと。
- 補償対象となる主な事故事例
- 施術中のミスにより患者にケガをさせた場合
- 治療器具を患者に近づけすぎて火傷を負わせた場合
- ベッドからの起立・体位変換時に誤って転倒・転落させた場合
- 補償対象外(免責事項)の主な例
- 契約者または被保険者の故意による損害
- 第三者との特別な約定により加重された損害賠償責任
- 地震・噴火・洪水などの自然災害に起因する損害

(2) 過去3年間の支払い実績と事故傾向
三井住友海上の過去3年間の保険金支払い履歴によると、当会においては年間平均して約20件〜30件の事故報告が寄せられていることと、支払い件数の内訳が情報共有された。
第1位:気胸による事故 ※約4割
第2位:火傷(熱傷)による事故
(3) 事故発生時の対応フロー
ウーベル保険事務所の松山氏より、医療過誤発生時の具体的な対応ステップが紹介された。
- 速やかな事故報告: 被害者から申し立てがあった場合、いつ・どこで・どのような施術を行い、どのような症状が発生したかの詳細を速やかに代理店または保険会社へ報告する。
- 立証書類のお預かり: 患者側から診断書、同意書、治療費領収書等をお預かりする。因果関係の調査が必要な場合は、同意書に基づき保険会社が医療調査を実施する。
- 損害額の算定と示談交渉: 書類に基づき治療費や慰謝料を算定。示談交渉は法律上保険会社が直接行えないため施術者が直接行うが、交渉が難航した場合は弁護士の紹介を受け委任することも可能である。
- 示談成立と保険金支払: 双方の合意後、示談書を取り交わして保険金が支払われる。
なお、本団体保険制度の保険期間は2月開始だが、年度途中であっても各都道府県医師会等を通じて毎月1日付けで中途加入が可能であることが案内された。

2. 講演2:深刺による有害事象を防ぐために ― 実際の有害事象報告と人体構造からの考察 ―
- 座長: 菅原 正秋 氏(全日本鍼灸学会 臨床情報部安全性委員会 委員長)
- 講師: 上原 明仁 氏(全日本鍼灸学会 臨床情報部安全性委員会 委員)
第2講では、長年安全性委員会で活動する上原明仁氏が登壇。実際の論文・調査データと、解剖体・MRI画像を用いた構造学的アプローチから、深刺事故の危険性と予防策について講義が行われた。

(1) 有害事象の定義とアンケート調査結果
「有害事象」とは、「治療を受けた患者に起こるあらゆる好ましくない出来事(治療との因果関係の有無に関係なく発現した医学的事象で、患者にとって不利益で意図しない全ての症状)」と学術界では広く用いられており、全日本鍼灸学会の安全性委員会でも、この定義を用いて各種の調査や研究を行っている。治療との因果関係が問われないため、鍼が原因か不明であっても、鍼治療を行った後に患者に不利益が起きた場合、有害事象とみなされることを説明した。
新原寿志氏(同安全性委員会 前委員長)らが過去に行った開業鍼灸師(6,000件)および整形外科医(6,000件)に対する調査結果では、両者の認識の違いが顕著に表れたことを次のように解説した。
- 鍼灸師側の回答(1,292件): 最も多いのは抜鍼後の「皮下出血・微小出血」や「刺入時痛」。次いで「鍼の抜き忘れ」。深刺関連では「気胸」が26件報告されており、気胸は決して稀な有害事象ではない。
- 整形外科医側の回答(636件): 最も多いのは「折鍼・伏鍼(折鍼の体内迷入)」、他には「医師の処置を要する本格的な出血(血管損傷)」、「臓器損傷・神経損傷」。医療機関を受診するレベルの深刻な重症例が目立つ。

(2) 国内の学術文献に見る有害事象の動向(2012〜2023年)
安全性委員会が2012年〜2023年の12年間に国内・海外の文献(医中誌・PubMed)から集積した国内報告102件のうち、深刺による「臓器損傷・神経損傷」が43件(約4割)を占め、「感染症(25件)」と並んで鍼治療における二大有害事象となっていると紹介、文献に報告された重大事故・死亡事例の考察を、スライドで示しながら詳しく解説した。
(3) 人体構造(生物学・解剖学)から見た深刺リスク
人体は、「内臓と自律神経の植物軸」を「筋肉と体性神経の動物軸」が覆う構造をしている。陸上で進化した過程で、動物軸の筋肉は「移動のための浅層筋(四肢を動かす筋)」と「姿勢を維持・内臓を保護する深層筋」の2層に分かれたと解説。実際の解剖体を見る機会はなくても、書籍やアプリなどで実際の刺鍼部位の深部には何があるのかを確認し、臨床時にイメージできるようになることが重要と述べた。
(4) 部位別・深部構造までの距離と注意点
過去に鍼灸分野で行われた解剖学的な研究の知見を、動脈、静脈、臓器、神経といった「損傷リスクのある構造物」と「解剖学的特徴と注意点」を、MRI画像により、部位ごとに解説した。
また、どこまで深く刺せば危険なのかという点については、患者の体型や体形は千差万別ななめ、一概に何センチ何ミリ以上刺すと危険であるとは言えないが、安全性委員会で作成した『鍼灸安全対策マニュアル』に記載の経穴深度の解剖学的知見数値を紹介。上原氏が、過去に報告された結合組織および深層筋までの距離についてのさまざまな知見を集約して作成した、「解剖学的に考える臨床刺鍼深度」の目安数値を教示した。
(5) 深刺による有害事象を防止するために
皮下構造物までの距離については、患者の個体差(性別・体型・年齢・既往歴)を考慮すべきであり、小柄・痩せ型・高齢は最も皮下構造物までの距離が近いことなど、患者ごとに調整が必要なことを解説。
また、高齢者は、血管などの組織が、加齢や基礎疾患などによって変性していることが多いため、若い患者よりも注意が必要と述べた。
実際の臨床では、刺鍼深度を正確に把握することは困難なため、物理的に深刺できない長さの針を部位に応じて使い分けることも重要。具体的な針の推奨長さなどを紹介した。
「かもしれない意識」の徹底: 「子供が飛び出してくるかもしれない」という運転のリスク管理と同様に、リスクを認識するだけで、事故の発生率が下がるので、危険性を認知することが防止の第一歩となると伝えた。
【鍼治療は総じて「安全な医療」!】
鍼の有害事象に関するメタアナリシスによると、一時的な出血や疼痛を除き、緊急治療を要する重大な有害事象の推定値は100万回の施術あたり約8回程度であり、「鍼灸は医療の中でも最も安全な治療法の一つ」とされている。鍼治療は、本来は低リスクで安全性の高い治療であるため、リスクを正しく認知した上で、いつものように、患者に向き合い、安全で効果的な鍼治療を行ってほしいと述べて講座を終了した。

3. まとめ

司会 今村頌平氏(学術研修委員会 副委員長より、当研修会の内容が参加者の日常臨床における安全管理と、より質の高い鍼灸医療の提供になれば幸いと述べた。
研修会の総まとめとして、日本鍼灸師会危機管理委員会委員長の是元佑太氏より、講師陣への感謝を述べた上で、「どれだけ注意を払っていてもハプニングは起こり得る。万が一発生した場合でも、日頃からリスクマネジメント研修を受け、賠償責任保険などの備えをしておくことで落ち着いた対応が可能となる」と語った。
最後に、「先人たちが築き上げてきた『安全な医療』という鍼灸の立ち位置を、これからの10年、20年先へ向けて我々が引き継ぎ、さらに安全な医療として、世の中と業界全体へ広げていきたい」と呼びかけ、盛況のうちに研修会は終了した。
(アーカイブ受講を含む最終受講者数は、計627名だったのこと)
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