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第63回鍼灸経絡治療夏期大学 レポート

公開日:2023年9月1日

第63回経絡治療夏期大学が8月18~20日の3日間にわたり、東京有明医療大学にて開催された。全国各地から350人の参加者が集まり、今年も盛大に執り行われた。

 初日の開講式にて、副会長の馬場道敬氏から「研究は学者や研究者に委ね、鍼灸臨床家は古典の理論と実技を勉強すべきです。その意味ではこの夏期大学が打って付けの研修会です」「講師の教えを素直に聞き入れ、1つでも持って帰ってください」と開講の辞を述べた。

 会長の岡田明三氏は、経絡治療について「昭和初期の鍼灸が衰退している時に、体系的な診断から治療法を確立するために名付けられた」と起源に触れると、本大会について「学問と臨床は時によって違う結果が出ることがある。困っていることや疑問がある場合は、それを聞ける場です」と意義を述べ、参加者の探求心に火をつけた。

 開講式後、六部定位脈診による診断と本治法を学ぶ普通科、祖脈診による診断とそれにもとづく治療を学ぶ高等科、脈位脈状診による診断と治療を学び、病理病証を把握する研究科、古典を臨床に活かすための実践的な講義や、歴史的な教養を深めることを目的とした研修科の4科に分けてカリキュラムが行われた。


普通科

 はじめに岡田明三氏は、午前の部で「経絡治療入門とその到達点」、午後の部では「経絡治療総論 蔵象から診断まで」と2講演の教鞭を執った。経絡において、経とは縦糸、絡は連絡のことであり、その治療は身体の縦方向を軸にして上下の流れを整えること。西洋医学でも東洋医学でも、診察、診断、治療を行うことは基本的に同じと伝え、診察は、望診、聞診、問診、切診から成る四診と呼び、これによって診断=証を決定するといった初学者に向けての講義を行った。左右の手指三本で六か所の定まった位置の脈を診る六部定位脈診の解説を、必ず直角に当て、最も弱い箇所と最も強い箇所を探すとコツを教示した。

今後を担う可能性を秘めた受講者たちに向けて、鍼灸師に求める素質は知性、理性、感性であるとし、その中で最も重要と考える感性とは物事を深く感じ取る力で、感動することで磨かれるという言葉を贈った岡田明三氏(経絡治療学会会長)

高等科

 高等科では、橋本厳氏が「祖脈の種類と意義」と題して登壇。午前の部では脈差診、祖脈診とその活かし方、脈状診を講義し、午後の部では班ごとに分かれ、正確な脈診方法と個人差、浮沈の修得などの実技が指導された。

 脈診について、対話型AIチャットサービスChatGPT(チャットジーピーティー)に問うと、「脈診」とは、伝統的な東洋医学の一部であり、特定の経絡や臓腑の状態を把握するための診断方法であると解説され、さらにその意義を体内のエネルギーの流れを評価する、経絡の臓腑の状態を知る、個々の体質や特徴を把握する、病状の進行をモニタリングするとまとめたことを挙げた。

冒頭に経絡治療の歴史から振り返り、三部九候診や六部定位脈診が築き上げられた背景を復習。高等科では、祖脈とおおまかな病理、補瀉手法の選択、陰陽寒熱に応じた手技手法を学ぶと示した橋本厳氏

 「経絡の流注と要穴の取穴」にて登壇した馬場道啓氏は、的確な診断から上手な手技ができたとしても、治療の現場で取穴を間違えれば治療効果は期待できないとし、臨床では経絡の流注を意識して正確に取穴するとアドバイス。要穴表や補瀉要穴之図を参考に各経絡の特徴や要穴の選穴について授業を進めた。

百点満点の取穴ができれば、驚く効果が出ると強調した馬場道啓氏。陰経は、太陽光線の当たりにくい場所に陥下して流注し、陽経の太陽光線の当たりやすい場所に膨隆して流注している。これに反している場合は良くない症状と解説した。また、痛い鍼を受けることが苦手で、患者にとっても同じことと考えているため、他で代用が可能な経穴がある時は、そこを利用すると良いとノウハウを伝授した

研究科

 研究科では、山口誓己氏による「脈状と病理病証(総論)」から始まり、浦山久嗣氏が「脈状と病理病証(各論)」の講義をそれぞれ担当した。

 山口氏は、瘀血は古くなるとカチカチに固まってくる。例えばカレーも作り立てはさらさらしているが2、3日置くとどろどろになり、さらに鍋底のこげが取りにくくなるので水に浸けておく。このように固くなった瘀血も水を含ませて軟化してやることで動きやすくすると、イメージがつきやすいように例えを交えて提示した。

二日目の「脈状と病理病症」の講義では、脈状は祖脈との組み合わせであるとし、祖脈に振り分けて概説。

夏場はエアコンで冷えて脈は沈むため、洪脈はあまり見られないと特徴づけた山口誓己氏

 浦山久嗣氏は、脈状の種類と定義、分類と病証を図で分かりやすく示した。また、浮沈の強さは自身で主観的に表現することが重要と伝え、熟達者は病証の虚実を含めて表現する習慣があるため、初心者には参考にならない場合もあると注意を促した。

浦山氏は、最終日にも「古典講座(「陰陽五行説」講義)」で登壇すると、陰陽説と五行説は中国に起源を持つ思想であり、日本での五行は仏教と融合したことで新しい思想へと変化し、その日本独自の五行説が中国に渡り、現代医学の中医学へと姿を変えたという経緯を総括した

研修科

 研修科では、主任講師である馬場道敬氏が、初日に「経絡治療の真髄」、「伽羅の槌とうちばり、治療実技」二日目には、「治療の実際」を担当した。六部定位脈診、選穴、五邪論の解説し、六十九難による取穴では、患者の左手尺中の陰の脈が最も弱く、右手寸口の陰の脈が最も強い場合は腎経虚肺経実証として腎(水)の母穴である金穴の復溜と、肺(金)の子穴である水穴の尺沢を選穴すると指南した。

長さ約9cm重さ13gの打鍼槌と、長さ10cmの打鍼を使った打鍼術を実演してみせた馬場道敬氏

 木戸正雄氏は、「VAMFIT(経絡系統治療システム)と脈位脈状診の習得」と題して、VAMFITの初歩的な方法を提唱。精気の虚と、異常のある経絡系統の診断と治療を誰もが行えるようシステム化したものがVAMFITであり、これを応用することで、経脈だけでなく、絡脈、経別、奇経、経筋の診断と治療が可能になると説明した。

「『素霊の一本鍼(地の巻)』(VAMFIT―壱本鍼)」ではその運用法を紹介し、「VAMFIT―奇経治療(経絡治療と奇経)」と全3講演を行った木戸正雄氏

 「経絡治療の脈診の検証」にて、講義を進めた篠原孝市氏。経絡治療を創成した岡部素道や井上恵理らに大きな影響を与えた八木下勝之助をピックアップし、関係性を踏まえて偉人たちの軌跡を辿った。

井上雅文が八祖脈の座標軸による表記=デジタル化して把握するという画期的な方法で、その後の展開にインパクトを残していると追想した篠原孝市氏

 小山基氏は、「風邪」をテーマに講義を行い、病気は医者が治すものと考えてはいけない。病因は、日頃の生活習慣の結果から起こっているため、食生活や睡眠に気を付ける。健康は増進ができないが維持はできると話した。

鍼を実演以外にも、病気の予防と健康維持のため、健康的な歩き方から体操を指導した小山基氏。他にも「アデノイド」「蕁麻疹」の講義を受け持った

 藤木実氏は、「『鍼灸甲乙経』卷之九 腎小腸受病發腹脹腰痛引背少腹控睾第八[通篇98]」を(講義編)と(実技編)に分けて3講義を行った。講義編では、経文の六編に素問や霊枢と並んで書物として存在していた『明堂孔穴 鍼灸治要』にスポットを当て、条文26条を読み進めた。

鍼灸師として鍼を打つ根拠に関して素問や霊枢より『鍼灸甲乙経』に書かれている内容を知っておくべきだが、臨床歴30年の経験があってやっと3合目に到達したくらいと、その難解さを示唆したうえで、学生と同じく学びの中でさらに高みを目指すと語った藤木実氏

 研修科初日に「眼の病」、二日目に「特殊鍼法・灸法」の2講義を担当した市川みつ代氏。特殊な鍼による眼瞼へのアプローチや灸頭鍼を実習に用いた。

ガーゼ灸を披露した市川みつ代氏。さらに三稜鍼による補法と瀉法について実技を行った

「経絡治療バランス調整療法」の講義が3回に分けて組まれ、初日の足関節の診断から、過食症などの摂食障害へのアプローチ、ペースメーカーを付けた人への施術を教授した阿古幸代氏

「経絡治療臨床の実際」と題して「婦人科疾患の治療」、「精神疾患『心の病』」の2テーマ実技を行った田畑幸子氏。女性は年齢の7の倍数で身体は変化するとし、不安を抱える女性への対応と経絡治療臨床の実技の実際を指導した

佐藤英子氏は「経絡治療に『灸』を取り入れよう」と題して、経絡治療に鍼治療のみではなく、灸の活用を推奨。灸法の起源から迫り、その必要性を紐解いた。また、「『傍圧灸』のススメ」の講義では施灸方法をレクチャーした

「外丹と内丹について―煉丹術と易の理論―」にて壇上に立った池平紀子氏。自然界に存在する鉱物を薬に煉成する外丹にはじまり内丹を確立した流れなど、文献をもとにその刻んだ歴史を回顧。体内の気を鉱物に見立て、瞑想から気を煉って丹薬を生成する内丹の安全性や理論を解説し、聴講者の耳目を集めた

 三浦國雄氏の講義「中国明時代の養生書と養生思想」では、養生が大衆化されたこの時代に、庶民が読みやすく刊行された『万宝全書』の数ある目録の中から養生門を取り上げた。三浦氏は今夏期大学のナイトセミナーも担当した。

ナイトセミナー、池田ゼミ、全科共通実技

2日目の締めくくりとなるナイトセミナーで登壇した三浦氏。太極図について、多様な太極形を供覧し、太極拳や太極思想、中医学も踏まえて演説を行った

 その他、班別に分かれて各教室にて、四診法、六部定位脈診、カルテ作成実習、治療実技などが実施され、少人数制での直接指導を行った。


 3日目は、池田政一氏の池田ゼミを開講。前半は講義を行い、後半には、受講者をモデルに、施術後の脈診を受講者が行うなど会場が一体となって実技を披露した。実技の中では押手について気は漏れないように抑えないと効かないと細かく指摘する一面も。また、鍼灸師として、指先が敏感でないといけないため、手を大切にすること、スポーツで怪我をしないよう日常から気を付けると指導し、受講者は傾聴していた様子。

患者を助けることが第一の目的であり、現代医学が必要な時は、併用するよう伝えた

最終プログラムでは恒例の全科共通実技が盛大に執り行われ、講師陣含め全員が一堂に会した。参加者は各講師の実技を見て周ることができ、学びを深めた。


 1日目の終わりには講師陣と参加者の交流を深める場として懇親会パーティーが2階カフェテリアにて開かれた。

はじめに挨拶を述べた花田学園理事長櫻井康司氏(写真左)と進行を務めた戸田隆史氏(写真中央)。パーティーでは5年、10年受講者の表彰式が行われた

開催期間中は、業者10社による展示販売会が催された

経絡治療の関連書籍・DVDはこちらから

【DVD】はじめての脈診

出演・監修:岡田明三(経絡治療学会会長)

【DVD】変動経絡治療システム VAMFIT

出演:木戸 正雄

柳谷素霊に還れ 足跡、思想を通して昭和鍼灸を考察する

編:東鍼校フォーラム・プロジェクト

てい鍼テクニック 船水隆広のTST

著者 : 船水隆広

もう悩まない! やさしい鍼を打つための本

著者:中根 一
協力:船水隆広、戸田隆史

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