【海外で働く】アムステルダムを拠点にヨーロッパ各地の女子アスリートのサポートする、元なでしこジャパンのアスレティックトレーナーの中野江利子先生にインタビューしました!

目次
「だったら私が海外へ行けばいい」そう思ったのが移住を決めたきっかけです。
大学を卒業されてから海外へ行かれるまでの経緯をお伺いできますか?
卒業後は陸上競技の実業団チーム、新潟アルビレックスランニングクラブでトレーナーとして仕事を始めました。その後ご縁があり女子サッカーに関わるようになり、2013年からは日本女子代表チーム(なでしこジャパン)のトレーナーとして、遠征やFIFA女子ワールドカップ、オリンピックなど数多くの国際大会に帯同しました。さらに2016年からは日本サッカー協会専任メディカルスタッフとなり、代表チームのサポートに加え、若手トレーナーの育成や指導などにも携わりました。

もともと海外は意識されていたのでしょうか?なぜ海外へ行こうと思われたのでしょうか?

正直、最初は海外を意識していませんでした(笑)。しかし年々、海外クラブでプレーする女子サッカー選手が増え、昨年のパリ五輪では18名中11名が海外組でした。私はヘッドトレーナーとして彼女たちとコンディションを共有するため連絡を取り合いますが、怪我や治療の相談を受けることも多々ありました。
もちろんクラブには優秀なメディカルスタッフがいます。でも、自分の症状を細かく英語で伝えられなかったり、国ごとにテーピングや治療機器が全く違ったりして、選手たちは本当に不安だったと思います。本当は選手の声を聞いて、直接診て、一緒に治療法を考え、治療してあげたかったのに、日本にいる私は文章で助言するしかなく、悔しい思いをしました。
「だったら私が海外へ行けばいい」――そう思ったのが移住を決めたきっかけです。
今年に入って海外へ移住されたと伺いましたが、アムステルダムを選んだ理由を教えてください。
女子サッカー選手はアメリカやヨーロッパで多くプレーしています。アメリカには日本人の女性ATCが既に多く活躍していると聞いていたため、私はヨーロッパで挑戦することを決めました。その中でもオランダは、日蘭通商航海条約(※)によりビザ取得がしやすく、移住のハードルが低いと知りました。さらに、アムステルダムは国際的なハブ都市で、各国に散らばる選手たちをサポートする拠点として理想的だと感じたのです。

(※)1912年に日本とオランダの間で結ばれた条約のこと。この条約によりオランダでの日本人の起業家ビザ取得が容易になったり、移住や起業のハードルが低いとされています。
移住して大変なことや困ったことを教えてください。「言語のカベ」は気にならなかったですか?

私は正直、英語がまったくしゃべれません(笑)。でも、これまで世界各地の大会や遠征に帯同してきた経験があり、海外生活には慣れていると思います。度胸だけはある方ですし、インターネットもあるので、移住して半年、何とかやってこれています(笑)。
アムステルダムでは治療室を借りて、日本人だけでなく現地の選手や一般の方も診ています。治療では、相手の声を「敬聴」することを大切にしています。単なる傾聴ではなく、敬意をもって受け止めたいという思いを込めています。その気持ちは外国人の患者さんに対しても同じで、だからこそ「もっと英語が理解できれば」と感じることも多いです。これからも英語の勉強を続け、言葉の壁を越えていきたいと思っています。
チームのためそれぞれがそれぞれの役割を全うする中で、意見しあい助け合い。あのチームで共に戦えたことがただただ楽しかったです。
中野先生は、なでしこジャパンのアスレティックトレーナーを経験されていらっしゃいますが、そもそもどのような経緯で参加されたのでしょうか?
私はもともと大学の陸上競技部で学生トレーナーをしていました。その後、大学院と鍼灸専門学校に通っていた5年間は、ジェフユナイテッド市原千葉レディースで試合時などのサポートを経験しました。ひたむきにサッカーを楽しみ、勝利を目指す選手たちの姿に心を打たれたことを、今でも鮮明に覚えています。
その後は陸上競技の実業団チームで活動しましたが、女子サッカーのトレーナーを探していると伺い、思い切ってチャレンジしたのが代表との関わりの始まりです。最初は育成年代を担当し、遠征やU-17ワールドカップなどに帯同。2013年度からはなでしこジャパン、2016年度からは日本サッカー協会専任メディカルスタッフとして女子カテゴリーのチーフを務めました。
当時中学生だった選手が、今では海外クラブで戦っています。その姿に刺激を受け、私自身も成長し続けなければと感じています。

試合前後や遠征中など、選手たちのフィジカル面やメンタル面で、特に気を配っていたことはありますか?また、スタッフ間とのコミュニケーションで心掛けていたことはありますか?
今までの経験から、失敗したこと、反省したこと、良かったことをブラッシュアップして毎回多くのことを準備します。私たちメディカル領域はイレギュラーなことが起こってしまう領域です。どんなことが起こっても、それに動じず、何事もなかったかのように、常にいつも通りを心がけていました。彼女たちが過酷な戦いからメディカルルームに帰ってきた時に、家に帰ってきたようなリラックスできる雰囲気・環境を提供できるように心がけていました。
スタッフ間でのコミュニケーションも同様で、それぞれのスタッフがプロフェッショナルで、みんな尊敬できる素晴らしい方々ばかりです。チームのためそれぞれがそれぞれの役割を全うする中で、意見しあい助け合い。あのチームで共に戦えたことがただただ楽しかったです。

当時、大変だったことや嬉しかったことなど、印象に残っているエピソードなどがあれば教えてください。
印象に残っているのは、パリ五輪出場をかけた2024年2月のアジア最終予選です。
朝鮮民主主義人民共和国(DPR Korea)との一騎打ちでしたが、直前までアウェイ会場が決まらず、様々な都市を想定してシミュレーションを重ね、何度も何度もミーティングを行いました。最終的には気温35℃を超えるサウジアラビア・ジッダで1戦目、4日後には気温10℃の日本・東京で2戦目という、まったく異なる環境での戦いとなりました。
時差対策や暑熱対策に加え、ヨーロッパのクラブでリーグ戦直後だった選手たちのコンディション調整は本当に難しかったです。それでもチーム全員で準備を尽くし、国立競技場で勝利してパリ五輪出場を決めた瞬間は、心の底から嬉しかったですね。試合後の大歓声に包まれながら、私はホッとしたと同時に、「次はパリのシミュレーションだ」と自然に思えていました。大変さよりも、次に繋げてくれたみんなに感謝の気持ちでいっぱいです。

日々変わる選手の小さな変化に気づき、選手の立場や気持ちを汲み取りながら、その瞬間、その選手に合った治療やリハビリを選択できる、それが日本人トレーナーの強み。
話は戻りますが、日本人トレーナーが海外で活動することにどのような意義があると思いますか?
こちらに来てから、海外で活躍しているトレーナーの方々と情報交換をする機会が増え、また海外クラブでプレーしている日本人選手を多く治療させていただきました。海外のトレーナーは、評価を的確に行い、エビデンスに基づいた治療やリハビリを徹底して行う点が本当に素晴らしいと感じています。
一方で、日本人トレーナーにはまた別の強みがあると思います。それは、日々変わる選手の小さな変化に気づき、選手の立場や気持ちを汲み取りながら、その瞬間、その選手に合った治療やリハビリを選択できることです。
こうした「思いやり」や「細やかな気配り」は日本人ならではの特性だと思います。だからこそ、日本人トレーナーがもっと海外に出て活躍することには大きな意義があると感じています。
新たなチャレンジをはじめたばかりだとは思いますが、今後やりたいことや目標があればあらためてお伺いできますか?
オランダに移住して半年が経ち、この環境で改めてスポーツ医科学を学びたいと強く感じています。サッカーはもちろん、ホッケーやテニス、陸上、自転車など様々な競技を観戦する中で、ヨーロッパではスポーツが人々の生活に深く根付いていることを実感しました。
そうした文化の中でさらに学びを深め、自分の経験を活かしながら、次のステージに挑戦していきたいと思っています。

最後に、これから海外で治療家としてはたらきたいと思っている学生・若者に何かメッセージをお願いします。
日本で学んだ確かな治療技術、そして日常の中で培った礼儀正しさや謙虚さ。これらは海外でも必ず信頼につながると感じています。だからこそ、ぜひ自信をもってチャレンジしてほしいです。
私もまだまだ挑戦を続けていきます。一緒に頑張りましょう!
中野江利子先生プロフィール

中野江利子 先生
高校時代に陸上部のマネージャーを務め、アスレティックトレーナーを志す。国際武道大学・大学院でコンディショニング科学を学び日本スポーツ協会公認アスレティックトレーナーを取得。
その後、日本鍼灸理療専門学校で学び、あん摩マッサージ指圧師、鍼灸師の国家資格を取得。実業団陸上チーム勤務を経て、2011年より女子サッカー日本女子代表の年代別チームを担当。2013年より女子サッカー日本代表チーム(なでしこジャパン)に帯同し、女子ワールドカップ(2015年カナダ、2019年フランス、2023年豪&NZ)、五輪(2020年東京、2024年パリ)にも参加。
現代表メンバーには育成年代から支え続けてきた選手も多く、厚い信頼を寄せられている。ヨーロッパで活動する女子アスリートをサポートするという志を持ち、2025年アムステルダムへ移住。ヨーロッパ各地を飛び回っている。
(中野先生 略歴 )
【滞在国】 オランダ(個人事業主(ZZP)ビザ)
【所属】 ERIKO NAKANO Conditioning Lab
【仕事内容】 トレーナー業務 など
【滞在年数】 2025年2月 ~







































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