「信州大学医学部学術講習会 第70回記念大会」開催レポート 一社)長野県針灸師会主催、信州大学共催、長野県後援

~超高齢社会における健康寿命延伸と、地域医療における鍼灸師の役割~
令和8年7月11日(土)、一般社団法人 長野県針灸師会主催の「信州大学医学部学術講習会」が第70回という節目の記念大会を迎え、盛大に開催された。
大会冒頭、一般社団法人長野県針灸師会 大窪 隆人会長から、長年ご支援をいただいた信州大学医学部の先生方や地域医療関係者への感謝とともに、本大会が医師と鍼灸師の互いの学び合いを深め、未来の地域医療を豊かにする一助となることを願うとの開会挨拶が述べられた。

目次
- 当日のプログラム
- 【講演1】「人生100年時代を元気に生きるために ~おぶせスタディが示す健康寿命延伸のヒント~」
- 1. 長寿県・長野の課題と「おぶせスタディ」の立ち上げ
- 2.背骨は「健康寿命のバロメーター」
- まとめと鍼灸師への期待
- 【講演2】「鍼灸師は何をする人?」~通いの場での鍼灸~
- 1.「通いの場における鍼灸活用」厚労省事業の実証結果
- 2.効果が実証された意義と多職種の皆様へのお願い
- 76年の歴史を振り返る ~「なぜ70回続いてきたのか、なぜ続けるのか」~
- 昭和25年から受け継がれる「学び続ける精神」
- 「医学を学ぶ場」から「医療連携を考える場」へ
- なぜ70回続いてきたのか
- なぜこれからも続けなければならないのか
- 次の100年へ
当日のプログラム
・講演1 人生100年時代を元気に生きるために~おぶせスタディが示す健康寿命延伸のヒント~
講師:髙橋 淳氏(信州大学医学部運動機能学教室〈整形外科〉 教授)
座長:今村 頌平 氏(長野県針灸師会 学術部長)
・講演2「鍼灸師は何をする人?」~通いの場での鍼灸~
講師: 上條 弘明 氏(日本鍼灸師会 地域ケア委員会・長野県針灸師会 副会長)
・76年の歴史を振り返る ~「なぜ70回続いてきたのか、なぜ続けるのか」~
演者:今村 頌平 氏(長野県針灸師会 学術部長)
【講演1】「人生100年時代を元気に生きるために ~おぶせスタディが示す健康寿命延伸のヒント~」
- 講師:髙橋 淳 氏(信州大学医学部運動機能学教室 整形外科 教授)
- 座長:今村 頌平 氏(長野県針灸師会 学術部長)
第1講演では、信州大学医学部学術講習会および長野県針灸師会の名誉顧問であり、日本の脊椎脊髄外科領域を牽引する髙橋淳氏による講演が行われた。

1. 長寿県・長野の課題と「おぶせスタディ」の立ち上げ
日本は世界最速で超高齢社会へと進んでおり、2025年には高齢化率が約30%に達し、2040年には約35%になるとされている。
その中でも全国有数の長寿県である長野県は、2023年の都道府県別平均寿命ランキングで男性2位、女性4位である一方、健康寿命の順位は男性18位、女性23位(2025年の都道府県別ランキング)にとどまっており、「平均寿命と健康寿命のギャップ(男性約9年、女性約13年)」の間(要支援・要介護となっている期間)を、いかに縮めるかが保健・予防医療における最大の課題となっていると解説。
要支援・要介護状態になる最大の原因としては、脳卒中等の脳血管障害を抑え、骨折・転倒・関節疾患・脊椎脊髄疾患などの「運動器の障害」がトップを占める。整形外科は、健康寿命の延伸が重要な課題と捉えており、「長生き」と「健康寿命」は異なり、『最後の10年間をどう生きるか』が非常に重要と述べた。
この課題に対し、長野県小布施町では、信州大学(整形外科・リハビリ部)、小布施町役場、特定医療法人 新生病院が密に連携し、地域住民運動器疫学コホート研究「おぶせスタディ」を実施。運動機能低下が健康寿命を脅かす現状に対して、運動器の実態を大規模に評価している。
(「おぶせスタディ」参考記事『第67回 信州大学医学部学術講習会』)

2014年の第1期おぶせスタディで2年間、「無作為抽出」「対象 50~89歳」の415名の小布施町民(各年代・男女均等)を対象に行われた結果と、地域高齢化の「ありのままの姿」を長期間、現在進行形で評価する研究デザインを紹介。2023年4月~2025年6月で第2期調査を実施したこと、全脊柱X線撮影、骨密度、身体機能テスト(立ち上がりテスト、2ステップテスト、握力等、認知機能検査(MoCA-J)などの基本調査、身体調査項目を説明、大規模かつ多角的に評価。現在までに多くの国際的英文論文を輩出し、超高齢社会における運動器の実態を解明してきたことなどを、スライドで示した。

2.背骨は「健康寿命のバロメーター」
おぶせスタディによって明らかになった主な研究成果を、信州大学の論文を用いて詳しく解説した。
①脊柱アライメント
加齢とともに脊柱は前方へ偏位、脊柱前傾は身体機能低下と独立した関連があり、潜在的認知機能低下と関連があることを、姿勢変化のイラスト、脊椎姿勢変化の性差のグラフなどを示して詳しく解説した。年齢と性別を調節しても、脊柱矢状面アライメントは身体機能と相関関係が認められたことを説いた。
握力は高齢者の健康を反映することを突き止めた結果数値についても紹介。握力がかなり少ない人は、認知機能は6%低下し転倒危険性は70%も増加することがわかった。
加齢に伴う運動機能の低下は、認知機能低下と並行して進行することが調査結果から示されたことから、運動機能を維持することは転倒のみならず、認知機能を維持することにもつながる可能性があることを論じた。
背骨が前傾してくることは、潜在的な認知機能低下の目に見えやすい指標であるという点では、脊椎矢状面バランスの代表的な指標であるSagittal Vertical Axis(SVA)について、わかりやすく紹介し、年齢に応じた認知機能低下の可能性を示すSVAの数値を示した。
『背骨は健康寿命のバロメーター』であることから、鍼灸師が最初に気づけるサインとして、円背・歩行速度低下・握力低下を挙げ、特に背中が丸くなると何が起きるかも解説した。
②腰痛・脊椎疾患
2つめの主な研究結果として、腰痛と脊椎疾患について解説。一般高齢者の腰痛有病率は約13%。おぶせスタディの調査結果からの腰痛の頻度と関連因子について、信州大学医学部の研究論文のロジスティック回帰分析の内容を用いて、性別・BMI・喫煙・骨密度など各種項目を統計にかけた結果として、PI-LL(骨盤入射角と腰椎前弯角の差)のミスマッチのみが、腰痛と有意に関連していたことを教示した。
③骨粗鬆症・ロコモティブシンドローム
大腿骨近位部BMDは加齢で低下、TRACP-5b(骨代謝マーカー)は女性BMD(Bone Mineral Density:骨密度)の指標であり、21.4%に骨粗鬆症が認められたこと、BMIと2ステップスコアの組み合わせで骨粗鬆症がスクリーニングできること、おぶせ町では高齢者の約75%がロコモと該当、外出制限は運動器機能低下と独立した関連とわかったことなどの研究成果を詳しく解説した。
おぶせスタディの骨粗鬆症の有病率としては、男性は80歳代から急激に増加し、女性は50歳代から加齢に伴い増加、80代女性の約半数以上が骨粗鬆症であることをグラフで示した報告。
また、見逃されている骨粗鬆症ということでは、未治療の50〜80歳代女性171人のうち、21.1%といった約5人に1人が骨粗鬆症であり、特に、70、80歳代の未治療者の3人に1人は骨粗鬆症であることが判明したと強調した。
DXA(二重エネルギーX線吸収測定法)の検査機器は高額なため、住民健診レベルで簡単に骨粗鬆症が発見できないかという研究では、多変量解析の結果として、BMI低値と2ステップテスト低値が有意な骨粗鬆症診断関連因子であったことを数値で詳しく解説、鍼灸師に対し、外来で使える骨粗鬆症スクリーニングの説明および実施を勧めた。
要介護のリスクを高めるロコモティブシンドローム(運動器の障害で移動機能が低下した状態)に関しては、日本整形外科学会が提唱している7つのロコチェックを紹介。片脚立ちで靴下を履けないなど、1つでも当てはまっている場合は、ロコモの心配があるとのこと。また、ロコモとフレイル(高齢者において生理的予備能が低下し、要介護の前段階に至った状態)との関係の詳細、ロコモ25質問票によるロコモ度を段階別に具体的に解説。ロコモは治療よりも予防が重要と説いた。

その他、手指・母指CM関節症、DISH (びまん性特発性骨増殖症)、脆弱性骨折と口腔衛生などの論文における研究結果をスライドで示し紹介解説した。
まとめと鍼灸師への期待
まとめとして、第1期のおぶせスタディは、無作為抽出による住民コホートを確立。現在は、おぶせスタディ第2期調査として、第1期の400人へ声をかけ、約200人弱の町民の参加協力を得て、2023年4月~2025年6月に検診を実施、約8年間の変化を断続的に解析中とのこと。引き続き、運動器の正常・加齢変化・疾患の実態を確認することで、超高齢化社会の整形外科医療・介護予防につなげると述べた。
信州⼤学整形外科では、2022年に導入したロボットアームCirq(BrainLab社)によるロボット支援下による側弯症手術は、現在では150例を超え、国内で最大の症例数である。頚椎手術まで適用を伸ばし、世界最年少のロボット支援下環軸椎亜脱臼手術に成功したなど、近年の取り組みをスライドにて紹介した。上肢班は、第2期おぶせスタディとして、第1期検診者の10年後の関節のレントゲン調査より、関節症が進みやすい危険因子の調査を行っており、上肢変形関節症の発症・進行の予防へつなげようとしているなど、各班の取り組みを紹介した。

鍼灸師は「地域で最も身近な運動器医療のパートナー」である。住民に最も近い場所にいる鍼灸師だからこそ、姿勢の変化、歩行の変化、転倒リスク、認知機能低下のサインを最も早く見つけることができる。健康寿命は病院だけでは守ることができないため、鍼灸師と医師が連携することで、日本における健康長寿社会を実現できると信じていると締めくくった。
【講演2】「鍼灸師は何をする人?」~通いの場での鍼灸~
講師:上條 弘明 氏 (日本鍼灸師会 地域ケア委員会・長野県針灸師会 副会長)
第2講演では、長野県針灸師会の上條 弘明氏が登壇。厚生労働省事業として実施された最新の調査研究成果をベースに、地域包括ケアやフレイル予防における鍼灸の具体的な可能性が示された。

1.「通いの場における鍼灸活用」厚労省事業の実証結果
昨年度、日本鍼灸師会は厚生労働省老健局の「令和7年度老人保健健康増進等事業」に採択され、全国1都4県(福島、東京、山梨、長野、静岡)の22施設・173名を対象に、「フレイル予防における鍼灸師と連携した通いの場の効果的な利活用の調査研究」を実施した。
本事業の背景としては、現在の日本では、住民主体の通いの場での介護予防を勧めているが、現場には壁がある。運動が介護予防に有効なことは知るところであるが、痛みが強くて運動できないケースが多く、痛みが活動の低下をもたらし、社会参加の場が減少することでフレイルが進行するといった負の連鎖が起きていることも事実である。その連鎖の入り口となっている痛みに、鍼灸が活用できるのではないかということが、本研究の目的とのこと。
研究のデザインは、公平性を担保するため、「通いの場」を一つのクラスターとして割り付け、準無作為化比較試験としたと説明。
「通いの場」は、体操や散歩などの運動系と、手芸や茶話会などの作業系の2つに分け、県ごとの偏りも調整をして割り付けを行った。地域にすでにある「通いの場」と地域ですでに活動している「鍼灸師」という2つを組み合わせることで、社会実装の実現可能性に直結すると考えたと解説した。
実際の施術は、「通いの場」のプログラムと併行、あるいは終了後に実施。1人あたり、1回15分程度の施術(鍼とお灸)を2週間に1回のペースで計4回実施。効果を持続させ、自身の健康を保つ力を育てることも、社会実装の一つであるとの考えから、参加者自身が、自宅でお灸やツボ押しを続けられるようセルフケア指導も行った。
その結果、以下の効果が実証されたことをグラフで示した。
- 身体的サマリースコア(SF-8 PCS)の著しい改善
対照群との差は8週後で6.5点であり、統計学的に有意であった。SF-8では臨床的に意義のある差は3〜5点とされており、本結果は3週後の時点ですでにその範囲を上回っていた。 - 痛み(VAS)および随伴症状の改善
痛みの症状の強さである指標のVAS(visual analogue scale)も大幅に減少(対照群との差 -37mm)しただけでなく、「睡眠の質」や「うつ傾向(PHQ-9)」も有意に改善した。 - 抜群の安全性
有害事象は施術後の一過性の倦怠感等、軽微なもの(延べ14件)にとどまり、医学的処置を要するものは0件であった。
2.効果が実証された意義と多職種の皆様へのお願い
鍼灸の効果は、痛みを和らげるだけでなく、その先にある睡眠や気分の落ち込みといった生活の質の向上にも及んでいたことが示されたことにより、鍼灸師が地域医療の中で果たせる役割があると考えられると述べた。

身体的QOL(PCS)の有意義な改善、症状(VAS)の大幅な改善が実証された。疼痛が減れば、可動域の広がり、動作も大きくなるなどから運動効果を高めることができる。参加者の継続・拡大の意欲も高まるなど、「通いの場」での鍼灸活用の効果をまとめた。
最後に、医師、歯科医師、介護・福祉関係者に向けて、今後の連携強化を強く呼びかけた。
・医師との連携:鑑別診断や医学的管理面でぜひ助言をいただきたい。鍼灸師は診断を行う立場にないため、医師の先生方と連携することで、患者さんをより安全・安心に支えることができます。
・歯科医師との連携:「咬む・食べる力」と、鍼灸が支える「動く力(運動器)」を持ち寄り、共にフレイル予防に取り組んでいきたいと考えます。
・介護・福祉職との連携:日常の小さな変化の情報を共有することで、一人ひとりに切れ目のない支援を届けることができると考えます。パートナーとしての連携をより一層深めていきたいと考えています。 「私たち鍼灸師は、地域の身近な医療・介護の担い手として、誰もが住み慣れた地域で安心して暮らし続けられるまちづくりに向けてさらに貢献していきたい」と力強く述べ結んだ。
76年の歴史を振り返る ~「なぜ70回続いてきたのか、なぜ続けるのか」~
演者:今村 頌平 氏(長野県針灸師会 学術部長)
2つの講演の後、「信州大学医学部学術講習会」第70回記念大会にあたり、長野県針灸師会 学術部長の今村頌平氏より「70年の学び、次の100年へ」と題した特別講演も行われた。

昭和25年から受け継がれる「学び続ける精神」
信州大学医学部学術講習会の歴史は、昭和25年10月20日、信州大学医学部第1解剖学教室から始まった。長野県針灸師会初代会長の代田文誌氏をはじめとする長野県の鍼灸師有志が、同大学 教授 尾持昌次氏の指導の下、「鍼灸師は医学をしっかり学び、患者さんのために、さらに役立つ者になろう」との理念からスタートしたことを紹介。
当時から一貫しているのは、「安全で国民から信頼される鍼灸師を目指し、医学を学び続けたい」という姿勢であり、その精神が70年以上受け継がれてきたと振り返った。 尾持氏から始まり、同大学 歴代教授 志水義房氏、森泉哲次氏、そして現在の髙橋淳氏へと受け継がれてきた本講習会。教授が交代しても、講習会が途切れずに継続できたのは、「鍼灸師を育てたい」との信州大学医学部の先生方の思いも受け継がれてきた証でもあると語った。

「医学を学ぶ場」から「医療連携を考える場」へ
当初の講習会は「解剖学」「基礎医学」「病態の理解」が中心だったが、時代と共に医療は変化し、現在は、一つの疾患をテーマに、医師と鍼灸師がそれぞれ講演を行い、総合討論で医療連携を探る場へと発展しました。つまり医学を学ぶ場から、医療連携を考える場へと進化した。
なぜ70回続いてきたのか
講習会が70回・76年間にわたり途切れず続いてきた理由として、以下の3点を挙げた。
- 受け継がれてきた信頼
歴代の教授・教官の先生方が、本講習会を大切に育み、世代を超えて学びの場を引き継いできてくださったこと。 - 学び続ける姿勢
長野県の鍼灸師が、もっと医学を学びたい、患者さんのために成長したいという思いを持ち続けてきたこと。 - 信州大学医学部と長野県針灸師会の76年間の絆
この絆そのものが、かけがえのない財産となっていること。

なぜこれからも続けなければならないのか
その答えは、医療そのものが変化しているからである。高齢化、慢性疼痛、がんサバイバー、フレイル、ロコモなど、患者さんに生じる問題は、ますます複雑になっている。鍼灸師だけで解決できる時代ではない。
だからこそ、医師、理学療法士、看護師、薬剤師、そして学び続けた鍼灸師が、それぞれの専門性を生かして連携することが重要である、そのために本講習会は重要な学びの場であり続けていると述べた。 進歩する医学、変化する社会の中で、患者さんが抱える問題も変化することから、私たち鍼灸師は学び続けなければならないと論じ、信州大学の歴代の各分野の教授・教官の先生方に心からの感謝の言葉を述べた。

次の100年へ
「70回という歴史は、多くの先輩方が積み重ねてきてくださった努力の結晶であり、築いてきた信頼という大きな財産です。この歴史を大切に受け継ぎながら、私たちは次世代へと引き継がなければなりません。そして、学び続ける鍼灸師として、地域医療に貢献し、医療連携をさらに深めていくことが、これからの使命だと考えています。」と結んだ。

背景にある先人たちの努力、現在に受け継がれてきた思いもこれからの100年へ







































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