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第5回 医療連携講座「腰痛の医療連携」レポート  公益社団法人 日本鍼灸師会 学術・研修委員会 主催

公開日:2024年5月14日

令和6年3月31日(日)大宮呉竹医療専門学校にて、公社)日本鍼灸師会 学術・研修委員会 主催による、第5回 医療連携講座「腰痛の医療連携」が開催された。受講者は会場またはオンラインで参加した。

テーマ「腰痛の医療連携」に沿って6名の講師による以下の講演・実技が行われた。

プログラム

▽演題1 療養費5疾患の診方 -腰痛の診察学-
『腰痛と医師の行う腰椎疾患治療ー非特異的腰痛を念頭にー』
 埼玉医科大学総合医療センター整形外科 教授 税田 和夫氏

▽演題2 腰痛への鍼灸治療
①西洋医学的な立場から
 埼玉医科大学医学部 東洋医学科 客員教授 山口 智氏
②東洋医学的な立場から
 公社)日本鍼灸師会 学術委員長 河原 保裕氏

▽演題3 紹介状・報告書の書き方(書き方の実習含む)
 公社)日本鍼灸師会 健保委員長 小林 潤一郎氏

▽演題4 地域での医療連携(医師との付き合い方、出会い方含む)
 公社)日本鍼灸師会 地域ケア委員長 菅野 幸治氏
 公社)日本鍼灸師会 地域ケア委員  藤森 文茂氏


公社)日本鍼灸師会 副会長 安田 政寛

医療連携講座は、新型コロナウイルス感染症が感染拡大していた期間を含めて8年にわたって開催されている。今回は第5回の開催であり、第1回の講座で講師を務めた山口智先生にも登壇していただく。多職種との医療連携を一番のキーポイントとして日頃の治療に役立てるよう多くを学んでいただきたいと開会の辞を述べた。

公社)日本鍼灸師会 会長 中村 聡

近年「DX(デジタルトランスフォーメーション)」と頻繁に聞くが、トランスフォーメーションは変革・変化という意味。国民生活の向上のために使われ始めたことだが、鍼灸をもっと広めることができれば、国民にとっても、また社会保障費にとっても有益だと思っている。日本鍼灸師会では、医師とともに鍼灸師が国民の健康を維持していくということを進めていきたいと考えている。本日は5回目の医療連携講座。医師、ケアマネージャー、看護師、理学療法士という方々と連携をすることで鍼灸がさらに医療に役立てるものになるよう今後も継続していきたいと挨拶した。

日本鍼灸師会では本年1月1日に発生した令和6年能登半島地震で災害派遣医療チームDMATとともに発生当初より被災地支援活動を続けており、引き続き支援金の受付を行っていることも案内した。

公社)日本鍼灸師会 業務執行理事、研修委員会 委員長 荒木 善行

開会前に参加者へ目的説明があった。
「患者さんが自院に訪れた場合を想定して今日一日のプログラムを組んでいる。原点に立ち戻って医療連携とはどいうことなのかについて学べる内容。患者さんに対して鍼灸治療の介入が適切かどうか、危険な兆候はないかを適切に判断して治療を行い、さらには医師と連携するにはどういった手順が必要なのかなど、医療連携に必要な事項は何かを本日学び、明日からの臨床に活かしていただければ」と説明した。

演題1 療養費5疾患の診方 -腰痛の診察学- 『腰痛と医師の行う腰椎疾患治療ー非特異的腰痛を念頭にー』

講師:埼玉医科大学総合医療センター 整形外科 教授 税田 和夫

税田氏は学会活動も多岐にわたり、特に診療研究教育および指導的な立場でわめてアクティブに活躍している。脊椎が専門であり、当講演は鍼灸師側によるのではなく、あえて医師が行っている治療という観点から講義した。

座長の山口智氏から「患者さん中心の医療、患者さんの立場に沿った診療をされている先生だといつも痛感している」との紹介があった。

厚生労働省の国民生活基礎調査の国民有訴率の統計によると、男性も女性も腰痛が第1位であり非常に訴えが多い愁訴であるため、国民の疼痛治療に対する期待は大きいと考えられる。しかし、慢性疼痛治療の効果に満足していると答える患者は20%強しかいないことを参考データをスライドで示し、多くの研究のまとめなどから慢性疼痛を有する患者は多いがその治療に対する満足度は低いことを共有した。

腰痛の診断については、かつての腰痛のとらえ方は「自覚症状だけで科学の対象ではない」「原因を理屈づける」という傾向だったところ、2012年に国内の腰痛診療ガイドラインができ、「腰痛そのものを疾患としてとらえる」「疼痛そのものを疾患としてとらえる」という考えが明示されたことを説明。税田氏としては「積極的に非特異的腰痛ととらえる」と理解したとのこと。ただし、「診断をおろそかにしてよいというわけではない」と注意点を述べ、重要なことは「正確な診断を追求する必要はないが、重篤な疾患をトリアージする」と解説した。

重要ポイントである急性腰痛のトリアージ(”FACET”)について詳しく解説。例えば「F」の骨折については、慢性腰痛に似た経過も多く約2/3が無症状である。X線を取らなくてよいわけではないが必ずしもあてにならないことも念頭に置く必要があり、MRIが有力なツールであると数値で示した。MRIでも診断できないケースもあり「高齢者の急性腰痛では脊椎圧迫骨折を疑うべき」「一度だけのX線はあてにならない。経時的観察が重要」と述べた。臨床成績も紹介した。

QOLに関しては「薬やブロック注射の対処だけでは、患者さんは治療をしてもらえなかったと思っていることも多い。手当てをしていないと感じられるのかもしれない。」とのこと。鍼灸の先生方は、患者さんに触れる、寄り添うという診療を行うので、患者さんの満足度やQOLも上がっているだろう。患者さんのために医療連携を進めていくことがいいと思う」と述べた。

FACET各々の診断と治療の重要なポイントと問題点などを具体的事例の診断画像も公開して解説。急性腰痛に対してはFACETを念頭において、その可能性が低ければとりあえず非特異的腰痛として対処するのがいいと述べ、初診の際の診断手順をまとめたフローチャートで、鍼灸師が診るべきポイントをわかりやすく解説した。

慢性腰痛の疾患概念、痛みの慢性化のメカニズムについて、および、複雑にからみあってわかりにくい「痛みの種類と定義」をスライドの集合図を用いて示した。

講義後半では、腰痛手術と腰痛の治療について腰椎間板ヘルニアと腰部脊柱管狭窄症の症状を解説し、日ごろ知る機会が少ない神経根の高位診断と保存療法についてなど理解しやすくイラストで説明した。

実際の腰椎間板ヘルニア手術の動画を流しながら解説。科学が進歩している現代でもノミやハンマーを使っての手術であり、飛び出ている椎間板を取る手術および脊柱管狭窄症の棘突起を中央から切り、深部(奥のほう)で切り取り除く貴重な手術映像を公開し、手術成績も踏まえて腰椎手術と腰痛の治療、下肢症状を伴わない腰痛の治療の見解まとめを解説した。 

急性腰痛診療には重大疾患のトリアージが大事であり、慢性腰痛に「非特異的腰痛」という概念を持ち込むのは有用である。医師が手術をしている対象が「腰痛」とは微妙に違い、慢性腰痛治療には優劣がないことなどから鍼灸などに大きな役割があるだろうとまとめた。

講義後の質疑応答では、公社)日本鍼灸師会 研修委員会 今村 頌平氏から、脊柱管狭窄症やヘルニアの手術後の患者の生活上の注意事項について質問があり、税田 和夫氏が回答した。

参加者からは「整形外科医がどのような治療を行っているか目にする機会がないので、実際の繊細な手術の動画を見ることができて大変貴重だった。医師との連携を進めて、原因が何なのか鍼灸師がどのような手伝いができるのかを共有できると、患者さんの満足度=QOLを上げることができるだろうと思いながら講演を聞いた」と講義後に感想があった。

午前中の税田和夫氏の講義によって非特異的腰痛の診察学を学んだところで、午後は、実際に施術するといった観点での非特異的腰痛に対する臨床講義と実技からスタートした。

演題2-① 腰痛への鍼灸治療 -西洋医学的な立場からー

講師:埼玉医科大学医学部 東洋医学科 客員教授 山口 智
山口氏の講義は、医療連携について・腰痛について・デモンストレーションの3本立ての構成。医療連携を行う上で医師や専門医に鍼灸・鍼灸師・鍼灸専門の治療施設のことを理解していただくことも必要不可欠であると述べた。

医学部の教育で使われるようになったテキスト「基本がわかる 漢方医学講義」(羊土社)は、山口氏も検討メンバーの一員になっていることから、現在は約20ページにわたり鍼灸について記載されているとのこと。現在、医学部がある国内全国82校すべての医科大学の医学部卒前教育に鍼灸を組み入れたいと考えており、日本鍼灸師会への支援も求めた。

これからのがんの診療は緩和ケアから支持医療へと変化している動きがあり、その関連テキストにも鍼灸のことが記載されているとのこと。山口氏の所属する埼玉医科大学病院の診療依頼患者3,489人の診察依頼頻度を無作為で抽出したところ、67.6%つまり約2/3が他の専門医・他の診療科・他のクリニックから、医師が診て「鍼灸お願いしたい」と鍼灸を受診する患者が占めていたとのこと。かつては1割程度だったところ、医療連携を推進したことで正式に紹介状を持参して来院する患者が確実に増えたことや依頼診療科別の割合と診療依頼患者の疾患別出現頻度(どんな疾患が多いか)をグラフで共有した。

先の税田氏の講義でも解説されたが、山口氏も令和4年の厚生労働省の国民生活基礎調査結果をスライドで紹介し、国民の有訴者率は男女ともに腰痛がトップであり、国民の悩みは腰痛であると言っても過言ではないと示した。

国際的に腰痛がどう定義されているかを説明。「第12肋骨下縁から殿溝まで」であり腰痛の原因は多岐にわたる。いわゆるレッドフラッグのところが大変問題になる。重篤な神経症状を合併するということがポイントであり、外傷・腫瘍・炎症・感染症・内臓疾患などを適切に鑑別するようにと教示した。

腰痛の考え方が大きく変わってきていることを説明。従来は、脊椎に由来する障害とされていたところ、現在は、「身体的・精神的・社会的」疼痛症候群という、単に脊椎から由来するものではなくグローバルに腰痛をとらえていく考えにシフトしてきている。まさに、東洋医学を専門とする我々が期待されるところであると解説した。特異的腰痛と非特異的腰痛の区別と概念を説明、非特異的腰痛の分類を箇条書きで示し、各々の機能異常の部位と経穴が一致するとの見解を述べた。

腰痛に対する鍼灸治療における目的とした組織を「1.筋・筋膜 靭帯」「2.椎間関節 仙腸関節」など5つに整理し、経絡経穴に基づいた四肢末端、特に下肢の要穴(膀胱経、腎経、肝経)が現代医学的にも非常に論拠があると述べ、腰痛に対する主な鍼灸治療部位と方法について、局所の刺入部位、刺激部位(深度)、刺激方法をイラストと写真でわかりやすく示した。四肢末端の要穴について、現代医学的な接点としての観点で腰痛の臓腑経絡を説明した。

本当に筋肉の血流が良く流れるのか。鍼通電刺激が骨格筋血流絶対値に及ぼす影響として、整形外科と核医学の共同研究結果の各分析データのグラフを示し、鍼刺激による筋血流の増加は絶対値でも顕著にみられ、併せて全身の自律神経に影響を及ぼしてQOLを上げてるというメカニズムが考えられると解説した。
円皮鍼が慢性腰痛患者の脳血流に及ぼす影響研究に3テスラのMRI機を使用。その撮影画像から腰部に円皮鍼を行うと脳が活性化する、特に視床や視床下部、帯状回、尾状核といった血流の反応がより活性化することがわかり、慢性疼痛や慢性腰痛に対しても、特に中枢を関与して鍼が効果があることを明らかにしたと解説した。

西洋医学的な立場からの講義に続き実技を行った。

筋・筋膜性腰痛に対する実技。圧痛、硬結を診ることが重要。上前腸骨棘と 大転子の間の反応点へ2寸の針。
上後腸骨棘の外下方によく反応がでる。
鍼通電。muscletwitchが起きたほうが筋血流の増加反応がよく認められる。

抹消神経を刺激することによって脊髄や神経根の血流がよくなることから、抹消からの刺激もより腰にいい影響があることが現代医学的にもわかってきている。東洋医学的には、膀胱経、腎・肝とそれぞれ考えていけばいいとのこと。実技を通して非特異的腰痛においては病態に応じた病巣局所、そして抹消からの入力によって治療を展開していくと解説した。

演題2-② 腰痛への鍼灸治療 -東洋医学的な立場からー

講師:公社)日本鍼灸師会 学術委員長 河原 保裕

「山口智先生からはアカデミックな講義。私は東洋医学的立場で」と中医学的に痛みをどう解釈するか、痛みを緩和させるために何をすればいいのかを講演・実技した。

中医学的痛みの概念を解説。黄帝内経には多くの章扁が疼痛について論及されており概して病因は「寒」「温」のどちらかに属しているとされた。金元時代の実痛病機学説の提唱から明時代の虚痛の理論の提唱により現代にも成り立っている痛証の二大病機、実痛=「不通則痛」「通じなければ痛む」、虚痛=「不栄則痛」「栄えざれば痛む」の確立とその病機詳細についてイラストでわかりやすく説明した。

腰痛の原因分類として、寒湿の邪の侵入である外因、腰部外傷・受損といった不内外因、久病・老化・房事過多といった内因の各々について解説。腰痛の多く特に非特異的腰痛は、腰部に過重な負荷がかかって起こる、もしくは長時間にわたり負荷が続くことによっておこる不内外因がほとんどと思われると解説。

では、どのようにアプローチしていくか。

整形疾患においては、本治として弁証を用いるが、標治としては現代医学的(解剖学的)な考えを取り入れることが多いと説明。なお、整形疾患においては臓腑弁証ではなく経絡弁証を用いることが多い。経絡弁証は、是動病・所生病を理解することが大事とのことで、「霊枢・経脈篇」「素問・骨空論」「難経・二十九難」について日常生活の感覚イメージを挙げてわかりやすく説明した。

山口智氏の講義内で腰痛には抹消の経穴が非常に有効という話があったことに通じ『霊枢・邪気臓腑病形編』には“滎腧治外経、合治内腑”とあり、12経の中でも⾜太陽膀胱経を中心に、足陽明胃経、足少陽胆経を使うことが多いと解説。

河原氏も多用する崑崙⽳についてイラストで詳しく説明。腰痛が軽減する、つまり愁訴が寛解するポイントが反応点と考えるべき。抹消からどう入っていってどう反応をとって刺鍼をするのかについて実際に見せて応用解説した。

反応を探した方向すなわち押圧した方向に鍼を刺すと効果的。
「患者さん自身が腰痛の痛みの場所を示せない場合でも、遠隔から入ると中枢部の痛みのポイントが絞られてくる」河原氏は遠隔から入ることが多いとのこと。
1穴1穴の作用を求めているのではなく腰部の経筋もしくは経絡として捉えるので、実際には硬結や圧痛があるポイントに刺していけばいい。
仙腸関節であれば膀胱兪や秩辺など仙腸関節周りの緊張や圧痛、硬結をポイントに狙っていく。

講演後の質疑応答では会場の参加者から夾脊への鍼の深さについて質問があり、河原氏は、目的にもよるが椎間関節に関しては疏通経絡という考えで刺鍼し反応としては弾力を感じるポイントまで。寸6から2寸くらいの針を使うといいと考えていると回答した。

演題3 紹介状・報告書の書き方

講師:公社)日本鍼灸師会 健保委員長 小林 潤一郎

社会の中で鍼灸師が活躍する場面の展望を3つの観点①「痛み、体の不調の解消」、②「元気で長生き(健康寿命の延伸)」、③「well-beingの時代」から解説。医療との連携がますます必要になることから、紹介状・報告書の重要性と書き方のポイントを講義した。

日本鍼灸師会が掲げる目標「鍼灸師が活躍する場⾯を増やし、鍼灸の受療率アップを⽬指そう」について紹介。鍼灸師が活躍する場面として医療連携があげられる。「痛み、体の不調の解消」の観点では、厚生労働省の診療ガイドラインに、療養費対象の6疾患である神経痛・リウマチ・頚腕症候群・五十肩・腰痛症・頚椎捻挫後遺症について、はりきゅう施術による効果が期待できる疾患として書かれているが、ガイドラインを判断材料として利用するのは医師であるため、医師と連携がとれるように鍼灸師が専門性を高めていくことが必要。医療連携では紹介状・報告書の作成が必要になると述べた。

政府が策定し人口減少・少子高齢化、日本再興戦略などを踏まえながら厚生労働省が2019年にまとめた『健康寿命延伸プラン』の中の「介護予防・フレイル対策、認知症予防の推進」に鍼灸師が大いに関連すると解説。

令和5年の人口動態統計では前年マイナス83.1万人といった過去最大の人口減少が見られた。山梨県や佐賀県規模の人口が1年間で減ったことになる。「元気で長生き(健康寿命の延伸)」の観点においては、はり師きゅう師は、介護予防運動指導員、機能訓練指導員で活躍の場がある。はり師きゅう師の免許のほかにも、このような専門的な勉強を深めることによってより活躍の場が広がるだろう。今後を見据えて新しい仕事を増やすことも考えるといいとアドバイスを述べた。

これからは一時的・短期的な幸せを意味するとされるhapinessではなく、well-beingを理想とする時代になると言われている。well-beingとは持続する幸せのこと。「well-beingの時代」の観点において土台となるのは健康であり、それはまさに鍼灸師のフィールドである。養生としてのお灸などもますます関心が高まるであろうと考えられ、未病治、養生の東洋医学的な考え方の普及においても幅広い活躍が期待されていると解説した。

上述の時代背景の中で鍼灸師が医師へ紹介状を書く場面や同意書の発行依頼を行うケースがこれまで以上に増えると予測される。現状としては、会場参加者の中にもこれまで医師へ同意書の発行依頼をしたところ断られた経験がある鍼灸師も複数いるような状況。後半は、この先鍼灸師が期待される医療連携での活躍に向けて、各書面の効果的な書き方や工夫を紹介した。

同意書発行依頼書の書き方については、令和5年11月23日の日本鍼灸師会の全国保険部長会議にて講義された「医師から見た同意書の記載ポイント」を紹介しレクチャーした。

医師への同意書(療養情報提供書 ならびにはりきゅう療養費 同意書発行依頼書)の発行依頼においては、BPS(Bio-Psycho-Social)モデルから同意書の記載を考えることについて解説。精神科医のエンゲルによって提唱されたBPSモデルは、人間は生物的側面・心理的側面・社会的側面が相互に影響して成り立っているという理念であり、鍼灸6疾患を慢性疼痛として再定義すると、慢性痛の原因としては「BIO 身体」「Psycho 精神・心理」「Social 社会・環境」といったBPSモデルで構成される。例えば、社会・環境面としては、家庭事情、就職がうまくいかなかった、裁判を抱えているなど人が生きていくには様々なバックグランドがあり、それも一つの痛みの原因につながっていると考えられると説明。BPSモデルから同意書の内容を考えることで、患者が困っていることや、慢性疼痛の精神・心理/社会・環境の背景も医師へ情報提供でき、クリニックと競合しない鍼灸分野での提案も整理でき同意書の発行依頼に効果的であることを解説した。

「施術報告書」の作成は努力義務だが、患者にとって必要な施術を受けられるようにするために、医師と施術者が文字によるコミュニケーションを図り連携を緊密にする手段として重要な書類であると説明。医師あての報告書であることから、「経穴」「陰陽」「補瀉」といった鍼灸専門の表記は避けて、医師との共通言語として現代医学用語を用いて記載したほうがいいとのこと。

講義の後、腰痛症の患者の施術報告を想定して「施術報告書」の書き方演習を行った。参加者が実際に記入した報告書の内容に対して小林氏がコメントおよび具体的な表記アドバイスを行った。

医療連携では文書によるやりとりが必須になる。患者のためになる鍼施術であるが、文書の書き方によって同意書の発行有無など結果が大きく変わることを踏まえて、本日講義した内容を明日の臨床にぜひ役に立ててほしいと締めくくった。

演題4 地域での医療連携

日本鍼灸師会 地域ケア推進委員会として、講師2名により地域での医療連携において医師との付き合い方、出会い方について講義を行った。

講師:公社)日本鍼灸師会 地域ケア推進委員会 委員長 菅野 幸治

同委員会では、介護予防運動指導員の養成講座、各種冊子の作成などを行ない、関係団体や行政からの情報収集を行ないつつ、地域包括ケアシステムへの参入のための情報共有や提供、日本機能訓練指導員協会の運営など活動を広げている。

菅野氏は地域における医療連携の概要を講義した。

近年、多職種連携・医療連携といった「連携」という言葉が多く使われるようになってきた。鍼灸師は、地域医療における重要な役割を担う⼀員であり、その専門の知識と技術が今こそ求められていると述べ、多職種連携・医療連携の特徴と範囲、目的、貢献点などについて整理した表をスライドで示しながら各々を具体的に説明した。

地域における多職種連携の現状と課題について、解決策の提案、日本鍼灸師会と医師会の連携、地域医療における鍼灸師の役割を講義した。

地域における多職種連携の主な課題としてコミュニケーションの障壁がある。

多職種連携・医療連携の課題として「専門用語の違い、情報共有の不足、時間やセミナー開催などの資源環境の不足」と整理した上で、解決策としての共通言語の習得、施術報告書や紹介状などの活用について具体的に説明し、一番重要なことは「患者さんを中心に、顔の見えるチームで最善の方法で協動すると意識すること」と述べた。

茨城県における鍼灸師会と医師会の連携の成功例。

茨城県における鍼灸師会と医師会の連携は、一社)茨城県鍼灸師会の前会長大高達雄氏、現会長坂本一志氏が「医師と顔の見える関係を構築し鍼灸師としての専門性と治療法を医師に深く理解してもらおう」と長年働きかけを続けたことから実った成功例であり、医師によるスムーズな同意書発行など理想的な関係を構築することができた。成功の要因としては、積極的なコミュニケーションと専門性の相互理解ができたことであると具体的な事例を共有した。

菅野氏は講義のまとめとして、地域医療における鍼灸師の役割は、地域で活動することでかかりつけ鍼灸師になり、専門外は他職種に紹介し、専門分野については他職種から任されるといった相互関係を築くことであり「すべては患者さんのために!」と行動することで技術だけではなく気持ちもつながる医療連携・多職種連携を行うこと。医療連携・多職種連携には信頼関係が必要であり、最低限必要な共通言語の習得などのスキルを身に着けることも必要と述べた。


講師:公社)日本鍼灸師会 地域ケア推進委員会 委員 藤森 文茂

地域ケア推進委員会の取り組みの具体例を紹介。「地域ケア推進委員会アンケート集計」「医師との出会い・付き合い方」について発表した。

地域ケア推進委員会の取り組みを紹介。介護支援専門員取得の情報提供、介護予防運動指導員の養成講座開催、地域包括ケアへの参入のための情報提供、機能訓練指導員になるために厚生労働省との折衝など。鍼灸師の活躍の場を拡げるためにどうしたらいいのかを考えて活動しているとのこと。意見交換や情報共有を行なう「ZOOM行脚」「地域ケア担当者会議」の定期開催についても説明した。

各種活動の中で行った医療連携についてのアンケート結果を共有。「医師とどのように関係を構築しましたか」の回答集計結果を解説、積極的に医師との関係構築に取り組む藤森氏の個人での活動結果も参考事例として紹介した。

医師の勉強会や多職種の集まりへの積極的な参加のほか、地域イベントでの住民とのコミュニケーションも鍼灸を知ってもらう機会として大変有効である。 
地元の介護関連のイベントにて。薬剤師、理学療法士、歯科衛生士らが各々ブースを出している一角でお灸教室を開催。
公社)山梨県鍼灸師会は、毎年、厚生労働省も後援するがん患者やその家族を支援する全国のチャリティ活動「リレー・フォー・ライフ・ジャパン甲府」で鍼灸施術体験ブースを配置し、藤森氏も参加しているとのこと。医師、看護師など医療関係者が施術体験することも多いので、患者のための鍼灸の理解向上と情報共有の場として有効であるとのこと。
地元の医師が毎月開催している中医学の勉強会に参加。藤森氏が講師として鍼灸の話や実技を行ったこともある。

藤森氏は講義のまとめとして、多職種との強いつながりができた際には、自身のみに留めずにできれば鍼灸師同士が共有することができれば鍼灸業界全体の活性化につながるであろうと述べた。

すべての演題が終わり、日本鍼灸師会 学術委員長 河原 保裕氏が、同会としては今後も「医療連携」というキーワードで新たな企画を考えていきたい。一番大事なことは鍼灸師同士のつながりであり、鍼灸師会を通じて多くの仲間を作っていければと述べて本講座を閉会とした。

■公益社団法人 日本鍼灸師会ホームページ
https://www.harikyu.or.jp/

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