腹部手術痕を持つ
不定愁訴患者に対する鍼灸治療
(動画あり)

内池正弘 氏

【Ⅰ. はじめに】

我が国には「不定愁訴」といわれる症候群がある。この病態は西洋医学的には「肉体的、器質的に何の異状も認められないにもかかわらず、身体変調を主訴とする」ことをいう。西洋医学的には確たる診断法がないため、治療に結びつけることができず、医師も受診者も悩みを解決できない現状を余儀なくされている。

筆者は鍼灸の立場から、この不定愁訴に対する研究を行ってきた。その結果として、特に開腹手術を受けた不定愁訴を訴える患者については、手術痕の形態を3パターンに分けることができること、またそれぞれに特異的な主訴を呈することを確認した。筆者は「鍼灸による不定愁訴の治療法」として、40uA〜80uAの微弱電流と灸を用いて治療を行っている。本稿ではその治療法と考え方について紹介する。なお、本稿は、筆者が2002年に発表した「腹部手術痕を伴う不定愁訴患者に対する中西医結合医療による診断及び治療法」がもとになっている。

【Ⅱ. 不定愁訴への鍼灸治療】

不定愁訴とは、患者自身の内面的な精神活動も含まれている。したがって、他者が客観的な理解を進めるなかで、その訴えの本質を見失いがちである。西洋医学における各種臨床検査による判定では、異常を見ることが皆無に等しい一方で、不定愁訴を取り除く治療に取り組んできた中医学においても、その診察法を他者に理解させることが困難であることも事実である。我が国では不定愁訴に対し鍼灸治療を行う場合、随証治療やトリガーポイントを探し出し、局所に灸治療を行うなどの対症治療を行ってきた。具体的には、①交感神経の過緊張除去、②エンドルフィンの大脳部への分泌促進、③知覚神経刺激による血行不良の改善などがあり、これらの作用を利用して疼痛の緩和を期待するものであった。本稿では、不定愁訴を解決する一方法として腹部に手術痕を有するケースに注目し、その治療法について解説する。


施術の様子をYouTubeに公開しました。

【Ⅲ. 不定愁訴と開腹手術痕】

開腹手術後の手術痕が、なぜ不定愁訴を生むかを証明するにあたり、西洋医学による筋肉系、神経系・運動器系作用、自律神経作用に関する解剖学的な考察に、中医学による経絡的考察を加えることにより、的確な診察が可能になる。

1. 開腹手術における3つの手術痕
本文において、盲腸摘出手術、子宮および卵巣摘出または双方摘出、帝王切開手術、胃・十二指腸摘出手術、大腸およびその他の手術の3つの手術痕を、それぞれOP-Ⅰ、OP-Ⅱ、OP-Ⅲと呼称する。

2. 手術目的と手術痕の形態
表1では、当院来院以前に、患者が受けた開腹手術の手術痕について、OP-Ⅰ、OP-Ⅱ、OP-Ⅲに分類し、その部位と手術目的を示す。また、手術痕の部位については、図1に示した。

3. 手術痕に対する西洋医学的考察
表2から表4にまとめた人体内組織切断による解剖生理学的・運動生理学的影響は、その後の全身的身体機構の失調の原因として、大いに考慮されるべきであり、切断後の回復期のあり方が大きな課題になる。手術後のリハビリで来院する患者の創部を触診した場合、必ず、切断部位の皮膚上に1~3個、多い患者で4~5個のひきつれが存在している。患者の背部の筋硬縮や鈍痛ならびに創傷部周辺の感覚異常は、この創部のひきつれがトリガーポイントになって引き起こされる。

表2から表4に示したように手術痕は小さくても多くの組織に影響を与えている。運動神経や自律神経および知覚神経を介してフィードバックされるインパルスが手術痕部位により調整不能に陥ると、本来なら、ホメオスタシスにより保たれる健全性があらゆる不定愁訴として現れると考えられる。

※図表は、雑誌「医道の日本2019年4月号」でご確認ください。

4. 手術痕に対する中医学的考察
手術痕の部位に関係する経絡の流注について確認し、手術痕に対する諸症状を考察すると、これらを経絡現象としてとらえることができる。以下に手術痕を通過すると思われる経絡を記して考察する。

(1)OP-Ⅰ
主流は足の陽明胃経で、内外腹筋群の下部で切断されるため、気衝も切断されている。足の陽明胃経は、気衝を中心に上方向では、腹直筋の外側、前胸部乳頭線上を通り、頚部を上り顔面に至る。顔面においては、頬車、人中、四白、承泣などが、三叉神経第2枝・第3枝に関係する経穴であることは中医学的に明らかである。また、気衝より下方向では縫工筋、大腿筋膜張筋、前脛骨筋を通り、足背に至る。足の陽明胃経は胃と脾をまといながら消化活動に影響している。人中において、経絡の交鎖現象としての反回神経系の活動が著明に表現されている。

(2)OP-Ⅱ
主流は足の少陰腎経および任脈で、大赫、横骨、中極が切断されている。上記の経穴群を中心に、上方向では錐体筋、腹直筋内側を通り、胸部鎖骨下部、リンパ節に至っている。また下方向では、大腿部、内転筋群や薄筋、前脛骨筋内側を通り足底部の湧泉に至る。関元は錐体筋の影響を重く受けている。腎と膀胱をまといながら、生殖と水分の代謝をコントロールし、特にリンパ系やホルモン系に大きな影響を与えている。なお、リンパ液の90%は脂肪細胞であり、同時に各種抗体を人体内に運んでいる。脈診においては腎・肺経の虚が最も多い。

(3)OP-Ⅲ
主流は任脈で、体幹の前面正中線上を通る。すなわち、白線上を切断しており、中庭、鳩尾、水分、陰交などを切断している。腹部正中線上を上昇した場合は、頚部呼吸器系、顔面は下顎骨まで至る。また、全消化器系および第6胸椎付近で呼吸器系と交流している点でもある。下方では、外生殖器まで至っている。

 

つづきは、雑誌「医道の日本2019年4月号」でお読みください。

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