肩関節専門医に聞く 肩関節疾患の鑑別と治療
―肩関節周囲炎・腱板断裂・巻き肩の最新知見―

池上博泰 氏 / 聞き手:水出靖 氏

日本の整形外科で肩、肘、手の上肢すべてを専門に診察できる医師は少ない。東邦大学医療センター大橋病院整形外科で教授を務める池上博泰氏は、上肢を連動したユニットとしてとらえる治療を行っている。日本肩関節学会理事長も務める池上氏に肩の代表的な疾患である肩関節周囲炎や肩関節の可動域が低下する現代病「巻き肩」の鑑別と治療法、そして鍼灸が介入すべき病期について聞いた。また肩関節治療の最前線として、多くの手術が行われている上肢人工関節全置換手術の実際にも迫った。

【肩関節周囲炎に明確な定義はない】

水出   池上先生が肩を専門にしたきっかけは何でしょうか。

池上   私自身、もともとは手・肘関節の外科を専門にしていました。肩関節の診療に従事し始めたのは19年前からです。スポーツ分野で肩と膝関節を専門にしている医師は多いですが、私のように手、肘、肩関節を専門にしている医師は多くはいません。慶應義塾大学に勤務していた当時、肩のチーフに小川清久先生がいました。当時の教室主任の戸山芳昭教授から、小川先生の後任として肩関節の診療も行い、上肢班として手、肘、肩関節をまとめるようにといわれたのが、きっかけです。現在の診療では、肩が約50%、肘、手がそれぞれ約25%の割合です。

肩を診察していて最も興味深い点は、代償性が働くということです。指は機能が分化しているので、中指屈筋腱が断裂すると、示指と環指の屈筋を鍛えても二度と曲がることはありません。肩の場合は、周囲の筋肉が代償性に肥大して機能を補うということがよくあります。例えば肩関節の外旋筋である棘下筋腱が断裂していても、小円筋が肥大することによって特に何も困らないという例などはよく見られます。しかし、機能がオーバーラップしているということで、十分に注意して診察をしないと間違った診断をしてしまうというリスクもあり、正しい診断を行うことが逆に難しい場合があります。
水出   肩関節の代表的な疾患に肩関節周囲炎がありますが、五十肩ともいわれ、定義がはっきりしているわけではありません。九州大学の故・神中正一先生が「五十肩はDuplayの言うように肩関節周囲炎というのが正しいが、病理解剖学的研究が不十分で十分解明されていない疾患であるので、しばらく五十肩という通俗的な病名によって記載する1)」とし、東京大学の故・三木威勇治先生は『五十肩』(日本医書出版)のなかで五十肩を「初老期の、起因を証明しにくい疼痛性肩関節制動症2)」と定義して以来、五十肩の名称がなかば学術用語として用いられています。整形外科の立場から、現在の肩関節周囲炎や五十肩の定義のあり方について教えてください。

池上   肩関節周囲炎、五十肩という疾患名は、『整形外科学用語集(第8版)』(南江堂、2016年)に正式名称として掲載されています。用語集では、五十肩と肩関節周囲炎は同義語とされていますが、その具体的な定義は曖昧です。しかし、五十肩と腱板断裂については区別したほうがよいでしょう。腱板の不全断裂は、五十肩と症状が似ていて鑑別が難しい場合があります。あまり一般的な見解ではないですが、腱板の不全断裂の前段階を五十肩といっている医師もいます。また、アメリカの肩関節学会では、frozen shoulderという言葉が定着していますが、肩関節周囲炎の同義語というわけでもありません。frozen shoulderの病態についてもいろいろな議論があります。最近の研究では、桑野協立病院の浜田純一郎先生が、日本肩関節学会*1会員のfrozen shoulderの定義についてアンケートを取った研究あります。

整形外科一般では、狭義の五十肩と広義の五十肩としてとらえることが多いです。また、基本的な見解として、五十肩は腱板に損傷がないものを指します。腱板に断裂があれば、腱板断裂になります。近年はMRIやエコーなどの画像診断が発達していますので、画像を見たときに断裂がなくても関節包が厚くなっていたり、組織が変性していたりすることもあります。画像技術の進歩に診断名が追いついていない状態といえるでしょう。


1)神中正一. 背痛と肩痛に関する臨床一夕話. 九大医報 1937;11(1):1-7.
2)三木威勇治. 五十肩. 日本医書出版,1947.

*1 肩の専門学会としては世界で最初に発足し(1974 年に第1回日本肩関節研究会が開催)、約1500人の会員を有する。10月25日、26日には第46 回日本肩関節学会が長野で開催される。本大会のテーマは「継往開来」で「先人の功績を受け継ぎながら、発展し、未来を切り開く」という意味を持つ。会長は畑幸彦氏(北アルプス医療センターあづみ病院)が務める。

水出   腱板断裂がないものには、診断名に五十肩という名称を使ってもよいということですね。また、その具体的な病期についてもうかがえますか。

池上   日本肩関節学会と日本整形外科学会では多少見解の相違がありますが、「五十肩=肩関節周囲炎」という定義になっています。また、医師の世代によっても定義や見解が異なる印象を受けます。詳細に定義を決める先生もいますが、若い医師たちは、MRIなどの画像診断で腱板断裂がなく、肩関節の可動域が狭くなっているケースを五十肩と考えているようです。

病期は大別すると、freezing phase(急性期)、frozen phase(拘縮期)、thawing phase (寛解期)の3つのphaseがあります。病期に応じた適切な介入を行えば、症状はある程度取れ、炎症は治まります。したがって手術ではなく、理学療法や鍼灸、物理療法などの介入も可能です。肩関節の領域では、肩関節痛や可動域制限に対する保存療法や手術後の後療法による治療成績の差などは大変関心の高いトピックだといえるでしょう。

約300人の肩関節周囲炎をフォローアップした小川先生の研究では、肩関節周囲炎が治っていて何も困っていないという患者でも正確に可動域を計測すると下垂位での外旋に左右差のある例が多いと報告しています。

水出   最近の肩関節の保存療法の研究を見ていると、手術の後療法に関するものが多くなっている印象があります。

池上   アメリカの整形外科医は文字通り外科医なので保存療法は一切行わず、基本は手術で治療を行います。それに比べれば日本の整形外科医は保存療法もしっかりと行っていると思いますが、日本はどうしてもアメリカの医療制度を追随していますから、最近では手術数は増えています。腱板の手術数も関節鏡視下手術器械の進歩とともに10年前と比べて飛躍的に増えていると感じます。また2014年からはリバース型人工肩関節も日本で使えるようになったため、人工関節の手術も増えて手術後の運動療法が注目されているのだと思います。

 

つづきは、雑誌「医道の日本2019年10月号」でお読みください。

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